連載コラム・日本の島できごと事典 その150《オガサワラシジミ》渡辺幸重

絶滅の危機に瀕するオガサワラシジミ(東京大学総合研究博物館サイトより)

LapizOnline】「○○シジミ」という名前が付いた動物の種類は何でしょうか。私は貝のシジミを連想してしまいますが、私たちがよく目にするのは蝶類すなわちシジミチョウの仲間です。そのうちの一つ、小笠原諸島(東京都)の固有種であるオガサワラシジミが今、絶滅の危機に直面し「国内で最も絶滅リスクの高いチョウ」と呼ばれています。

オガサワラシジミは絶滅を防ぐために環境省と東京都が飼育しながら人工繁殖させる活動を行っていましたが飼育していた幼虫と成虫が2020(令和2)年にすべて死んでしまいました。自然環境でも2018(平成30)年以降は確認例がないので絶滅の危機が高まっています。2024(令和6)年度以降に予定されている次期レッドリストの公表までに新たに生息が確認できなければ、日本産チョウの絶滅第1号となりそうです。

人工繁殖に失敗した原因は「近親交配が進んで遺伝的多様性が急速に減少したこと」にあるといわれ、2024(同6)年7月に研究者グループがそれを裏付ける研究結果を発表しました。それによると「2015(平成27)年以前の遺伝的多様性を保持するには、少なくとも26個体を創始個体とすべきだった」という計算が得られ、今後絶滅危惧種の人工繁殖の際にその成果を生かしていくとしています。それにしても種の絶滅を犠牲にした“成果”とは余りにも悲しすぎます。
私は以前「動物の個体数が30を切ると絶滅する」という話を聞いたことを思い出しました。この数がどの種にも当てはまるかどうかわかりませんが、近親交配がその背景にあることを初めて知りました。

オガサワラシジミはシジミチョウ科ルリシジミ属に分類される全長12~15mmのチョウで、小笠原諸島の固有種としてかつては兄島、姉島、弟島、父島、母島で多数みられました。1969(昭和44)年に国の天然記念物に、2008(平成20)年に種の保存法に基づく国内希少野生動植物種に指定されています。

オガサワラシジミは、外来トカゲのグリーンアノールによる捕食、アカギやシマグワなどの増加という植生の変化によって幼虫がつぼみや新葉を食べるオオバシマムラサキやコブガシ類などが減少したこと、開発による自然破壊、コレクターの捕獲などにより生息数が激減し、兄島では1989(平成元)年以降、父島では1992(同4)年以降、弟島では1997(同9)年以降確認例がありません。また、母島でも2018(同30)年6月以降は野生環境で生息する個体が確認されていません。母島では2020(令和2)年に2日間のべ54人の参加で一斉調査が行われ、「目視による確認」はあったようですが「確実な生息確認」とはならなかったようです。

絶滅を心配した東京都は2005(平成17)年から多摩動物公園で飼育下で繁殖させる「生息域外保全」に取り組み、2017(同29)年には1年以上の継続した累代飼育に初めて成功しました。環境省も2019(令和元)年10月に新宿御苑で飼育下繁殖を始めましたが、2020(同2)年4月に両方とも有精卵率が顕著に低下する現象がみられ、同年の7月には新宿御苑で、8月25日には多摩動物公園ですべての個体が死亡してしまいました。多摩動物公園のオガサワラシジミは20世代目の幼虫でした。成虫25個体、幼虫5個体は液体窒素で凍結し、保存されています。

繁殖途絶の原因は、世代を重ねるにつれて近親交配が進んだ結果、遺伝的多様性が急速に減少し、繁殖率が低下したためということが遺伝的解析によってわかりました。こういう現象は「近交弱勢」と呼ばれています。