とりとめのない話 《風鈴》中川眞須良

【LapizOnline】南部鉄かどうか分からないが釣鐘型の 小さな風鈴が蕎麦屋の店先に吊り下がっている。古民家に少し手を加えた店構えと 同じように古さに拘っているのかこの風鈴、錆の上に汚れが付着してかなりの年代物のようだが模様は見えないし、色は真っ黒に近い。内心 汚れを払い少し磨いてやれば良い音色を奏でるだろうに・・・と、またいつもの要らぬおせっかい。通された客室は庭に面した廊下に接する10畳ほどの和室、丸テーブルが2つ並べられ 開け放しである。うち一つのテーブルの先客。二人連れの男女。程なく食事が終わり席の座布団から立ち上がった時、その瞬間を待っていたかのように、さーっと南風が部屋の中を通り抜けた。その時少し太い風鈴の音、少し低いが先程のあの風鈴の音、「あっ、また鳴った! 今度は女性の細い笑い声のようにも・・・」とおもわず呟く。涼しさを呼ぶための風鈴。ガラス製のように澄んではいないが。ある種の気配をも同時に運ぶ不思議な音色だ。このような音を運ぶ風を「軒の下風(ノキノシタカゼ)」と呼ぶにふさわしい。店を出る時、もう一度その風鈴の前に立つと「先程の音・・・私しゃ知りませんよっ!」と言わんばかりに無言、不動そして無風である。鐘鈴を内側で鳴らす舌(ぜつ)には丸い穴をあけられたおはじき大の黒石が使われているのに気付く。「やはり埃、汚れは払わないほうがいいですね」と語りかけながら店を後にしたのは、梅雨入り前のジリジリするある晴れ間の日、正午を少し過ぎた頃。