編集長が行く《ひろしま美術館 ひだまりの絵本画家・柿本幸造 001》井上脩身

~旅先で引きこまれた絵本の原画~

柿本幸造氏(ウィキベテアより)

2023年末、広島を旅したさい、ひろしま美術館に立ち寄った。同館にはバルビゾン派以降の西洋絵画のほとんどの巨匠の作品を展示しており、久しぶりに名画に触れてみたいと思ったのだ。訪ねてみると、特別企画として柿本幸造という広島県出身の絵本画家の原画が展示されていた。絵本に疎い私だが、せっかくだからと軽い気持ちで展示室に入たとたん、それぞれの作品がもつ、心をとかすような温かみにすっかり引きこまれた。絵本は子どもの情操をつちかうためだけでなく、大人の心をも豊かにするための本である、と知ったのであった。さっそく、柿本の代表作といわれる『どんくまさん』の絵本を買い求めた。ページを繰り絵をじっと眺めるのが、いま私の毎朝の日課になっている。

大事なキャラクターはクマとウサギ

絵本『どんくまさん』の表紙

ひろしま美術館は広島銀行の創立100周年を記念して1978年に開館。フランスの印象派を中心に、ミレーらバルビゾン派をはじめ、キスリングらエコールド・パリの画家らの名作を所蔵している。原爆ドームから徒歩約15分のところにあり、広島平和記念資料館(原爆資料館)で戦争の悲惨さを目にした観光客にとって、寒々とした心を落ち着かせる場でもある。

15年くらい前、広島に出張したおり、同美術館に足を伸ばした。高校の美術史の教科書にも登場する巨匠の作品に触れ、東京ならいざ知らず広島で見られるとは、と驚きを禁じ得なかった。今回、原爆ドームを訪ねたあと、ふと巨匠と再会したくなり(もちろん絵の上で)、同美術館に足を運んだのであった。
ひろしま美術館は円形の建物。なかは二重円構造になっており、内側の円で巨匠たちの常設展示、外側の円で企画展示している。その外側の円で開かれていたのが「ひだまりの絵本画家 柿本幸造展」だった。

展示室に入って、まず目に飛び込んできたのは飛行機製造工場の絵。天井からジェット旅客機がぶら下げられていて、作業員のクマたちがエンジン内部などでかいがいしく働いている。たずねてきたワンちゃんに、責任者らしい作業員のクマさんが説明をしている図である。クマさんの自信ありげな表情、ワンちゃんの納得顔。そのほほえましさに、私は思わず足を止めた。絵のタイトルは「わんたのしごと」。どうやらワンちゃんの名前は「わんた」。ふしぎなことに、工場の窓から貨物船が見える。わんたは港関係の仕事をしているのかもしれない。それが正しいかどうかはともかく、絵を見ながら、ああでもない、こうでもないと思いを巡らしたのだった。この絵は「よいこのくに」1962年11月号に載った作品の原画である。

火事現場に駆け付ける消防車の絵にも興味をそそられた。ゾウの消防士が乗る消防車が突っ走っていると、家々の窓からウサギさんが心配そうに顔を出している。通りかかった子どもたちもウサギさんだ。よく見ると、ゾウさん以外の消防士は人間。おかしくなって、プッとふきだした。この作品は1954年ごろの日産自動車のカレンダー(2月)の原画。柿本は日産自動車のカレンダーの絵でデザイナーとしてデビューしたという。
こうした初期の作品に登場するクマさんとウサギさんは、柿本にとって大事なキャラクターなのだと、作品を見て回るうちに気づくことになる。

ほっこりさせる「どうぞのいす」

同展の図録を引用して柿本を紹介しておきたい。柿本は1915年、広島県吉田町(現安芸高田市)に生まれ、20歳のとき上京。博覧会などを企画する美術家の家に下宿し、商業美術の基礎を習う。1943年、結婚。1945年5月、家族を連れて広島に帰ったが、7月、出征。原爆で姉を失う。10月、鎌倉へ。1947年、日産自動車のカレンダーを手掛け、1952年、全国カレンダー展で金賞を受賞。1954年、月刊絵本「よいこのくに」に「のりもの」の挿絵を描きはじめ、1959年、44歳のとき「一年の学習」(学習研究社)に掲載された「こだまごう」などで第8回小学館児童文化賞を受賞。1964年、「おはなしのえほん」シリーズ(至光社)が第18回毎日出版文化賞に、1968年、「どんくまさん うみへいく」(至光社)が第15回サンケイ児童出版文化賞に、それぞれ輝いた。また1980年、「どんくまさん」シリーズでフィンランド児童文学協会から翻訳児童図書最優秀賞を受けた。1998年、83歳で死去した。
柿本の年譜から分かるように、今回の企画展は広島ゆかりの作家の紹介として開かれた。展覧会名に「ひだまりのえほん作家」のサブタイトルがつけられたことについて、水木祥子ひろしま美術館学芸課長は「1950~60年代に比べると、70年代は、乾いた筆で一筆一筆のせるように描くことでぬくもりを感じさせる独特に質感の画面をうみだした。色彩も鮮やかさが抑えられつつやわらかさが増し、まさに″ひだまり″のようなあたたかさを感じさせるものへと変化している」という。

本稿で先にあげた、ジェット旅客機の絵も消防車の絵も1950年代、1960年代の作品である。素人の私から見れば、これらの作品は実に魅力があふれていて、すばらしい出来映えなのだが、70年代になると温かみある作品になったというのだ。私は1970年以降の作品に注目することにした。
1979年、「どうぞのいす」シリーズが「おはなしチャイルド」11月号に掲載された。ウサギさんが木製のイスを作り、「どうぞのいす」と名づけて大きな木のそばに置く。ドングリを入れたかごを背負ってやってきた馬さんがイスにかごを置き、木に寝そべる。そこにはちみつ入りの瓶を手にしたクマさんがやってきて、ドングリをほおばり、はちみつを置いていく。今度はコッペパンを持ったキツネくんが来て、はちみつをなめ、パンを置いていく。次に一つずつドングリを握ったたくさんのリスさんが姿を見せ、ドングリを置いてみんなでパンを食べる。最初にドングリのかごを置いた馬さんが眠りから覚めるとドングリがかごの中に入っていて、キョトンとしている。その絵が私の心をほんわかとさせてくれた。「ひだまりの絵」とはほんわかとさせてくれる絵ということであろうか。ともかく、私の心もにっこりしたのであった。(明日に続く)