晋三氏はすこぶる不機嫌だった。盟友と自分は信じ切っていた米トランプ大統領が5月末にはあの「憎いキム・ジョンウン」と会談するという。韓国の大統領が会おうが、会談しようが晋三氏は歯牙にもかけない。しかし・・・。
晋三氏にはまったく話が見えてこないのだった。
晋三氏は心の奥でこう呟いた。
(だってトランプちゃんには最大級のお世辞を言ったのに…)
晋三氏は彼が大統領選に勝利すると、まだ就任式も行っていないトランプ氏に会いにわざわざアメリカまで出かけたのに、という「自負」があったのである。
「冗談じゃないよ。北朝鮮の脅威を煽って今まで何とか持たしてきたのに、5月に会談だって?外務省は何してんだ」
首相官邸はてんやわんやである。
アメリカの本心を探るための情報収集におよそ30パーセントの人員と時間が割かれた。そして、残りの時間と人員は晋三氏のご機嫌を取り結ぶための方策を立案し、晋三氏に具申するためである。
おまけに国会では連日モリトモだの、財務省だのと責められてるのだ。ご機嫌が麗しいはずがない。
馬鹿な側近は「この際、将棋の藤井君と対談でも・・・。いや、彼はまだ中学生だ。それなら平昌でメダルを取った選手たちと会食は?」
ただただ晋三氏のご機嫌を取り結ぶための方策に70パーセントの時間と人員を割いていたのである。
「国家のためには何をすればいいのか」という発想ではないことだけは確かだ。
突然記憶のいい官邸スタッフが叫んだ。
「2002年小泉内閣の時、総理はピョンヤンへ行かれましたよね。あの時、日朝平壌宣言が交わされました。【拉致問題の解決、植民地支配の過去の清算、日朝国交正常化交渉の開始】などが骨子だったと思います。総理には2002年以来の懸案である日朝平壌宣言の精神を生かした日朝交渉を始められてはいかがでしょうか」
晋三氏は何しろ目立ちたがりである。そして今の窮状を打破するための方策なら、なんだってやりそうな勢いなのだ。この提案に飛びついたのは言うまでもない。
直ちに、この提案をした官邸スタッフを在北京日本大使館付の特命大使に任命した。
翌日、閣議の後の記者会見で、官房長官を従えた晋三氏は高らかに宣言した。外務大臣は国務長官不在のアメリカへチャーター機で出かけた後である。
「私はかねてより懸案だった日朝平壌宣言の実行のために、平壌へ再び行く用意がある」
晋三氏は心の奥でこうつぶやいた。
(ボクちゃん、やったね!けど、金ちゃん話に乗ってくれるかな)