現代時評《安倍チルドレンの総裁選》井上脩身

アベチルは迷い迷って東西

自民党総裁選は29日に投票され、次期総裁が決まる。その情勢報道に接して私が詠んだのが冒頭の川柳である。アベチルは安倍チルドレン、東は河野太郎氏(神奈川15区=平塚市など)、西は高市早苗氏(奈良2区=大和郡山市など)を指す。私は安倍チルドレンの動向がこの総裁選の勝敗を決すると考えている。もし彼らの多くが西を向くならば、安倍政治が引き続き継承され、安倍晋三氏は政権を陰で差配するドンになるであろう。東を向くなら、安倍政治への決別とまでいかないまでも、安倍氏の影響力が弱まることが予想される。

20日のテレビ朝日の「羽鳥モーニングショー」は、読売新聞が18、19日に行った総裁選に関する世論調査結果を取りあげた。それによると、自民党員・党友を対象とした支持では、河野太郎氏41%、岸田文雄氏22%、高市早苗氏20%、野田聖子氏6%。一方国会議員に対する調査では、岸田氏25%、河野氏22%、高市氏19%、野田氏4%。同じ20日付毎日新聞の自民党国会議員支持動向調査結果によると、岸田氏3割強、河野太郎氏2割台半ば、高市氏約2割、野田氏1割未満で、読売報道とほぼ同様の結果だった。
以上の報道からはっきりしてきたのは次の2点である。①河野氏は党員・党友から高い支持を得て、岸田、高市氏を大きく離しているが、過半数に達するかどうかは微妙②高市氏が意外に善戦しており、終盤の票の伸びによっては2位に食い込む可能性がある。
この総裁選は河野、岸田両氏の争いとみられていたが、ここにきて高市氏が番狂わせを引き起こし得る候補としてに躍り出てきたのである。

総裁選が混迷化した最大の要因は河野氏のあいまいな態度にある。河野氏は党員・党友票と国会議員票が同数に割り当てられた1回目の投票で過半数の票を獲得し、当選する戦略だ。しかし、森友問題で「再調査は必要がない」と安倍氏の顔色をうかがう発言をするなど、自らの個性を封じる姿勢に終始。河野氏に失望した党改革を求める党員・党友票のうち、「再調査」を明言する野田氏に流れるものが少なからずあるとみられ、河野氏の単独過半数は困難な見通しだ。
1回目の投票で過半数当選者が出ない場合、1、2位の決戦投票に持ち込まれる。決選投票は国会議員票382票、都道府県票47票、計429票で争われる。仮に総裁選が読売報道どおりの結果になれば、1回目の投票で河野氏1位、岸田氏が2位になり、この二人の決戦となる。しかし岸田氏は党員・党友の支持に関して高市氏を2ポイント上回っているに過ぎない。国会議員の支持では6ポイント引き離しているが、高市陣営は「2位は射程範囲」とみているに違いない。
報道によると、安倍晋三前首相は、国会議員票で岸田氏に追い付こうと、個々の議員に次々電話をかけて高市氏支持を求めているという。全国に組織をもつ保守団体「日本会議」も、党員・党友票のかさ上げを図って、水面下で動いているのではないかと思われる。
結局、この総裁選の焦点は、2位が岸田氏、高市氏のどちらになのか、であろう。岸田氏が2位になれば、決選投票で高市氏と組んで河野氏に逆転勝利しようと図るであろう。高市氏が2位になれば、岸田氏はどう動くか。高市氏の背後にいる安倍氏と対決してまで河野氏につく甲斐性が岸田氏にあるとは思ない。高市氏につくしかないであろう。安倍氏からみれば、岸田氏が勝てば陰で支配、高市氏が勝てば直接支配できることになる。

この総裁選は自民党衆院議員にとって、遅くとも11月に行われる衆院選の前哨戦である。彼らがばらまくポスターの、本人の横で笑顔を振りまく人物が河野氏か岸田氏か、それとも高市氏なのかという、差し迫った問題に直結しているのだ。その人物の違いは数千票から1万票以上の差になるともいわれ、当然のことながら、その人物は国民的人気のある者が望ましい。
毎日新聞が18日に行った全国世論調査によると、最も総理大臣になってほしい人物は河野氏43%、高市氏15%、岸田氏13%、野田氏6%。この結果から判断すれば、河野氏が総理・総裁になることが自民党衆院議員にとって最も有利なはずだ。しかし、派閥のしめつけなど、しがらみが多々あり、もろ手を挙げて河野支持となっていないことは、すでにみてきた通りである。
こうしたなか、注目されるのが2012年12月の衆院選で、安倍氏といっしょに写真に収まって初当選したいわゆる「安倍チルドレン」119人の票の行方。彼らは14年、17年衆院選も安倍氏の後ろ盾があり、当選しつづけことできた。安倍氏が首相でない今回の選挙は、親をなくした子どもの心境であろう。一人立ちするための足腰を鍛える必要がなく国会議員バッチをつけてきただけに、新たな保護者を求めて右往左往というのが実情だ。
彼らにとって想定外だったのは、高市氏が出馬し、かつ安倍氏が高市支援を公言したことだ。内心は河野氏に投票するつもりでいた者は少なくないであろう。そこに安倍氏から高市氏への投票依頼の電話。安倍氏には逆らえない。さあどうする。彼らの多くは心に葛藤をかかえつつ、総裁選の投票を迎える。
総裁選はどのような結果になるのか、票が開くまで予断を許さない。ただひとつ言える。安倍チルドレンは国会議員9年生である。初当選を小学校入学にたとえるならば、中学卒業にあたる。しかし、高校生と胸を張れるとは思えないひ弱な議員なのだ。若手といわれるが、内実は安倍氏のあとをぴょこぴょこ歩くひよっこに過ぎない。それが100人を超える群れをなしている。これがわが国の国権の最高機関の実態だ。安倍一強政治がうんだ負の断面である。