連載コラム・日本の島できごと事典 その31《自然と共生する野生馬》渡辺幸重

ユルリ島の道産子(「根室・落石地区と幻の島ユルリを考える会」HPより)

北海道東部・根室半島の付け根付近の南岸沖にユルリ島という無人島があります。絶滅危慎種の貴重な海鳥が多く繁殖し、希少な高山植物も多い自然豊かな島です。その島に人間が放した馬が野生化して棲んでいます。一般に人間が島に持ち込んだ外来動物は島本来の自然を破壊するものとして駆除の対象になりますが、ユルリ島の馬はいったん絶滅策がとられたものの最近、人の手によって増やそうという活動がみられます。「自然と共生する野生馬」だというのですが、それはなぜでしょうか。
ユルリ島には第二次世界大戦後の1950年(昭和25年)に昆布の干場を求めて漁師が移住しました。そして、海から台地まで断崖がそそり立つ島でコンブを引き上げる労力として馬が持ち込まれました。その後、北海道本島に新しい干場ができ、動力船も普及し始めたため人々は1971年までにすべての人が島を去りました。本島に放牧地がなく、馬の労力を必要としないため、漁師たちは食草が生い茂る島に馬を残すことにしました。馬は野生化しましたが、漁師たちは近親交配を避けるため種馬だけを約5年おきに入替え、雄馬が生まれると間引きするという管理を続けました。多いときには約30頭の馬が生息していましたが、漁師の高齢化により管理ができなくなったため、2006年(平成18年)に14頭の牝馬だけを残し、自然に絶滅を待つことにしました。馬は2011年12頭、2013年10頭、2014年5頭と減少し、2017年には3頭になりました。この年に設立されたのが「根室・落石地区と幻の島ユルリを考える会」です。新しい馬を島に入れて馬がいる状態での島の環境を守ろうとしたのです。翌年、ユルリ島にオス1頭・メス2頭の馬を持ち込みました。繁殖が進めば、島に再び野性馬の集団が復活します。
では、外来種である馬は島の自然を破壊しないのでしょうか。同会は「馬がいなくなれば、馬の餌となるイネ科の植物などが島を覆い、草丈の低い希少な高山植物などが減る」とし、約300種の植物が生育し、夏になればお花畑となるユルリ島の風景が一変するといいます。また、馬がいない東隣のモユルリ島との自然生態系の違いが観察できるという人もいます。一方、馬が踏み荒らすことによる植生の破壊や糞尿による湿原水の富栄養化などの被害を指摘する人もいます。馬がいなくなれば島の本来の自然が回復する過程を見ることができ、重要な情報が得られるという人もいます。
2013年に外来生物のドブネズミによる海鳥の卵や成鳥の捕食被害を防ぐために環境省がユルリ島に殺鼠剤を散布し、ドブネズミの駆除を行いました。このとき、馬の生息数が半減しており、殺鼠剤の影響が疑われています。自然生態系は複雑です。どうなるか人は簡単に予想できません。つくづく自然を管理するのは難しいものだと感じます。