現代時評《同性婚容認と夫婦別姓否定の混在》井上脩身(Lapiz編集長)

同性同士の結婚を認めないのは、「法の下の平等」を定めた憲法に違反するとの初めての判決が3月17日、札幌地裁で言い渡された。婚姻に関する「両性の合意のみに基づいて成立」との憲法24条の規定は男女の結婚を前提としている、というこれまでの常識を180度変える画期的な判断である。一方でその2日後の19日、岡山県議会は、選択的夫婦別姓制度反対の意見書を採択した。この意見書の本質は現憲法を否定し、明治憲法下の家父長的家制度への回帰を求める復古主義である。21世紀にふさわしい新たな価値観を見いだすのか、それとも人権を抑圧する19世紀国家に回帰するのか。戦後、民主主義を基調として国づくりを進めてきた我が国は、20世紀が終わって20年がたった今、重大な岐路に立っている。

報道によると、北海道内の男性同士2組、女性同士1組のカップル6人が2019年2月、自治体に提出した婚姻届が受理されなかったのは「法の下の平等」を定めた憲法14条に反するとして、国に慰謝料を求めて同地裁に提訴した。原告側は「憲法24条で定める両性は必ずしも男女を意味せず、同性婚を禁じていない」と主張。国側は「両性は男女を表しており、憲法は同性婚を想定し
ていない」と反論した。札幌地裁の武部知子裁判長は、「憲法制定時、同性婚は許されてなかった」と国側の主張を是認。
しかし、「同性愛などの性的指向を持つ人がいる」と、同性カップルが少なくない社会状況を踏まえ、「性的指向は自らの意思によって選択や変更ができない個人の性質であり、人種や性別と同列に扱うべきもの」と判断。人種、信条、性別などによって差別されない、と定めた憲法14条の適用を受けるとして、「同性カップルの婚姻届不受理は立法府の裁量権を越えている」と判示した。

私は、憲法24条についての大学の講義を印象深く記憶している。日本学術会議の会員でもあった教授は「両性の合意のみに基づくという規定は、本人の意思を無視して親同士が決めるのが当然であった戦前の封建的家制度を否定したもの」と、高らかに語ったのである。現憲法によって国の在り方が、「家中心」から「個人尊重」になったと力む教授の言葉に、私は強くうたれた。誰に反対されようとも、愛し合う男女が結婚できることを憲法は保障したのである。憲法14条は愛の賛歌規程、と私は思った。
その講義から55年がたった。結婚観が変わってもおかしくない。とはいえ、同性婚も憲法が認めているという札幌地裁判決は、私には驚天動地の衝撃であった。
同性婚を認めているは2001年のオランダを皮切りにイギリス(14年)、アメリカ(15年)、ドイツ(17年)など28の国・地域にのぼる(3月18日付毎日新聞)。同性婚は21世紀に入って世界の潮流になりつつあるのだ。札幌地裁はその流れに沿って判決したのであろう。
「結婚は愛し合う男女だけのもの」という戦後の進歩的常識は、21世紀世界ではもはや通用しなくなっているのである。

一方、岡山県議会が採択した選択的夫婦別姓制度反対意見書。反対の理由について、「夫婦同姓は家族の絆や一体感を維持するもので、別姓制度を拙速に導入すれば国の将来に大きな禍根を残しかねない」としている。
3月17日付毎日新聞によると、同県議会に保守系団体が夫婦別姓制度反対陳情をしたことを受け、自民党県議団が意見書とりまとめを主導した。この保守系団体は日本会議の関連団体である日本女性の会とみられる。日本会議のホームページによると、同女性の会は2010年11月、選択的夫婦別姓制度反対を決議。この動きに合わせる形で、同年以降、選択的夫婦別姓制度についての意見書を全国25の県議会が採択、うち岡山県を含む20県が制度反対を表明している。
女性の会の決議は、同制度につて「家族間で統一した姓を定めるとした民法上の家族の原則を崩壊させる」と穏やかに表現。だが、日本会議が「伝統に基づく国家理念を構想した新憲法制定を図る」としていることと併せ考えると、その狙いは、明治憲法下の家父長的な家制度による結婚への回帰であろう。

現憲法下でも同性同士の結婚が許されるとする判決と、現憲法を否定する家父長的結婚を求める意見書採択がほぼ同時に行われたのは単なる偶然であろうか。
私はアメリカの大統領選の本質を、トランプという19世紀型政治家と、ハリスという21世紀型女性政治家との戦いと考えた。人種差別体質を多分にもつトランプ氏と、黒人女性初の副大統領になったハリス氏。バイデン大統領が高齢であることを考えると、4年後の大統領選でトランプ、ハリス両氏の死にもの狂いの戦いが繰り広げられるかもしれない。
我が国での事例をみると、19世紀と21世紀の戦いはアメリカ大統領選だけの問題ではなさそうである。戦後、憲法のもとで構築されてきた政治、経済、社会などさまざまな面でヒビが入り、ゆがみが生じていることは確かである。21世紀世界の行方を今なお明確に見通せないなか、19世紀への復古論が大手を振るようになったのであろう。だが、19世紀への回帰は断じて許されない。男女、人種、民族、宗教などさまざまな差別を容認する社会に戻ることになるからである。
私のような20世紀人間には、同性同士の結婚容認は思いもよらないことであった。しかし、ここでうろたえては、19世紀復古主義者に付け入るスキを与えることになろう。それはあの暗黒の時代への再現の道にほかならないのである。

参考 日本国憲法
*憲法14条 すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
*日本国憲法24条
1項 婚姻は,両性の合意のみに基いて成立し,夫婦が同等の権利を有することを基本として,相互の協力により,維持されなければならない。
2項 配偶者の選択,財産権,相続,住居の選定,離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては,法律は,個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して,制定されなければならない。