コロナに明け暮れた2011年はあと2日で幕を閉じる。迷走をつづけた政府のコロナ対策の極め付きはGo Toトラベルであろう。新型コロナウイルス第2波さなかの7月に事業が開始され、急激に感染が拡大した第3波中の12月14日になって突如、菅義偉首相は年末年始の間の停止を発表した。私は「首相はGo Toを一時的といえどもやめない」と予想していただけに、この決定は首相の本心ではない、とみた。はたしてその夜、首相は銀座のステーキ店で、王貞治・元福岡ダイエーホークス監督ら8人程度で会食し、野球の話をしていたことが判明。首相の頭の中は東京オリンピックしかないのではないか、との私の疑念は決して的外れでないことが実証されたように思えた。Go Toの一時停止は1月11日までである。感染状況いかんにかかわらす、翌12日に首相はGo Toを再開するにちがいない。「Go To五輪」のために、国民は新しい年もまたコロナの恐怖のなかで、自粛暮らしを余儀なくされる。
菅氏は9月16日に首相に就任して以来、コロナ対策については「国民の命と暮らしを守る」として、感染防止と経済活動の二本柱を掲げてきた。しかし、大阪府で過去最高の121人の感染者数を記録するなど第2波の到来が明白になった7月22日、内閣官房長官としてGo Toトラベルを主導し、実施に踏み切った。
11月19日、東京都で534人の感染が確認され、第3波が始まったとみられた。しかし政府は「Go Toトラベルが感染拡大の主要な要因であるとのエビデンス(証拠)は存在しない」として、札幌と大阪を目的地とするGo Toトラベルを一時停止したものの、事業全体の見直しには消極的な姿勢に終始した。Go Toトラベルによって京都や箱根などの観光地にツアー客が激増、「疲弊した地方経済のカンフル剤」と経済界から歓迎されている点をふまえ、多くの政治評論家は「首相は感染抑制より経済再生にカジを切った」と論評した。
しかし、この見方は私には腑に落ちなかった。経済再生を優先させるならば、手を打つべき対策は他にいくらでもあるはずだ。首相には別の意図があるのではないか。と釈然としないでいると、思いがけない記事が目に留まった。12月5日付毎日新聞の「時の在りか」という、同紙専門記者の伊藤智永氏のコラムである。それによると、戦場から国際政治の舞台裏まで権力の魂胆を長年取材してきた練達の国際ジャーナリストが「これは俺の勘だけどな」と断り、菅首相の腹の内を次のように洞察した、という。
「来年夏、コロナは流行しても東京オリンピックはやる。その予行演習が国民総動員で行われているんじゃないか。それと実績作りだ。日本は感染拡大中でも、旅行も飲食もやってきましたと世界にPRして訪日客を呼び込む気だろう」
私は目からウロコが落ちるおもいがした。政府はGo Toを停止するどころか、来年6月までの延長を閣議決定している。Go Toはトラベルであれイートであれ、大勢の国民に移動してもらい、存分に飲食をしてもらおう、というものだ。コロナ恐怖を忘れて大いに楽しんでもらい、その余勢をかってオリンピックにつなげようというのが本当の狙い何なのであろう。
3月24日にオリンピックの延期が決まったとき、安倍晋三首相は「人類がウイルスに打ち勝った証しとして来年、完全な形でオリンピックを開く」と述べた。言葉通りに理解するならば、オリンピックまでにコロナを終息させる、という決意の表明だろう。事実、安倍首相は4月7日、緊急事態を宣言、全国民に行動自粛を呼びかけた。
安倍氏の後継者である菅首相にとって、東京オリンピックは絶対に実施しなければならない政治課題であることはまぎれもない。しかし、首相に就任したときは、すでに述べたように第2波のさなかであり、世界的に感染が蔓延している状況をみれば、来年7月までに終息できないことは明白だ。にもかかわらず、どうすれば「人類がウイルスに打ち勝った証し」としてオリンピックを開くことができるのか。この難題が産声を上げた新首相の肩に重くのしかかった。
安倍氏は「コロナを終息させて」とは言っていない。ならば「コロナを怖がらない」ことも、「打ち勝った証し」になるのではないか。菅首相がそのように解釈を変えたと言える証拠はない。しかし、終息の見込みが全くないことが歴然としているなか、11月16日、菅首相は来日したIOCのバッハ会長に、あえて、「人類がウイルスに打ち勝った証しとして、東京大会の開催を実現する」と約束。しかも観客ありの開催にこだわった(11月17日付毎日新聞)。コロナ感染の渦のなかで開催させてみせる、というのが首相の心のうちであろう。Go Toトラベルはその目的達成のための手段なのである。
ではなぜGo Toトラベルの停止を決断したのであろうか。冒頭に述べたように、停止発表は12月14日である。前日の13日、毎日新聞の世論調査で菅内閣の支持率が40%(11月は57%)、不支持49%(同36%)と不支持が支持を上回った。同調査では、Go Toトラベルについて「中止すべきだ」が67%にのぼり、Go Toトラベルへの不信が支持率急降下の最大の要因と思われた。このデータに菅首相が衝撃を受け、一時停止に踏み切ったのである。支持率を回復させるためにほかならない。支持率低下が続けば、オリンピックまで首相の座に居座れないからだ。Go Toトラベルの一時停止は感染を防ぐため、というのは表むきの理由にすぎない。
菅首相の肩を持つつもりは毛頭ないが、元はといえば安倍氏が「人類がウイルスに打ち勝った証しとして、完全な形でオリンピックを開く」と大見えをきったことが事の発端である。ウイルス克服が容易でないことは、これまでの人類のウイルスとの闘いの歴史を見れば明らかだ。安倍氏が「感染が終息できれば開催する」と述べていれば、コロナ終息が五輪開催の前提となった。そうであれば菅政権も終息させるために躍起にならざるを得ず、ここまで感染が急拡大しなかったであろう。
だからといって、国民を感染の渦中にさらす菅首相のGo To偏重政治を私は許すことはできない。すでに新型コロナウイルスによる国内の死者は3000人を上回っている。国民の命を守らないならば、もはや政治とはいえない。