とりとめのない話《峠・地図ブラ歩き》中川眞須良

峠  (地図ブラ歩き)

ホハレ峠

【LAPIZ ONLINE】峠は変化変容の場である。即ち分かれる場である。風が変わり、気温が変わり、湿り気、匂い。水の流れ、そして、咲く花の時期まで変わる。変わるのは自然だけではない。人は、出会い・別れ、何かを見つけ確認する。先に向かって降って行く人、時には振り返り戻る人の、心の内の叫びや沈黙は、喜びなのか悲しみなのか、知っているのは吹き抜けて行く風と赤前垂れの地蔵だけ。峠からもたらされた人々による情報、地域風土、文化の交流が、国の歴史の原点と言っても過言ではない。

今、この場所の多くに押し寄せる時代の波は、二波三波と次第に大きくなる。
バイパスが出来、トンネルが出来て、くねくね道の峠を目指す人は、地元の農林業に従事する人のみ。道沿いの物置小屋がなくなり、民家がなくなり、放棄された鉄柵は腐食が進み雑草に見え隠れしている。古びた道標の傍の名も無い小さな、野ざらし地蔵は南側に傾き、風雨に打たれたその表情は確認できない。
また、他の峠は麓に通行止めの看板が立ち、移動式ガードレールで完全に遮断されている。

地域文化消滅への荒波である。

特に地方の山深い場所に位置する峠には、麓の村に住む人々の日常の生活から生まれた民話、風習、出来事等が、長年にわたり語り継がれて行く。

そんな峠の一つに ホハレ峠がある。ここに来れば、時折北東からの風に乗って老婆の叫び声が聞こえる時があるという。麓の巨大ダム建設によって出来たダム湖の底深くに沈んだ五つのうちの最小集落に住み、建設による強制移住を嫌い最後まで自宅に住み続けた一人の媼の怨念のこもった悲鳴だ。

地元では永遠に吹き続けるであろうお婆の「無念風」とも言われているとか。貯水量 規模共に日本一のこの人造湖(徳山湖)から峠に向かって吹き上げる四季の風は夏でも冷たく、特に冬期はほっぺが赤く腫れ上がる事にこの名があると聞くも定かではない。

峠は多くの事を語りかける。

参考:ホハレ峠  岐阜県揖斐川町 
https://www.sairyusha.co.jp/book/b10015454.html