石破茂首相とアメリカのトランプ大統領は今月7日(日本時間8日未明)、対面で会談し、共同声明で「日米同盟は繁栄の礎」と強調した。私は「繁栄の礎」の対象として「インド太平洋およびそれを超えた地域」としていることに引っかかった。この会談の3日前(今月4日)、トランプ氏はイスラエルのネタニヤフ首相と会談した後、「米国がガザ地区を所有」と表明したことから、「超えた地域」とはガザ地区を指しているのでは、と思ったのだ。ガザ地区に住むパレスチナの人たちを他に移住させれば、ガザ奪還のための戦いが起こるのは火を見るより明らかであろう。「アメリカの所有地」となったガザに、集団的自衛権行使として自衛隊を派兵するよう、トランプ氏から要請される事態になりはしないか。常識ではありえないことだが、トランプ氏に常識は通用しない。
パレスチナ自治区のガザ地区について、トランプ氏はネタニヤフ氏との会談後の共同記者会見で「何十年もの間、死と破壊の象徴であり、そこで惨めな生活を送ってきた同じ人々による再建と占領のプロセスを経るべきでない」と主張。「(ガザの住民は)代わりに、人道的な心を持つ他の関心のある国に行き、安らぎと平和を手に入れ、素晴らしいことを成し遂げられる」と述べたうえで、「米国がガザ地区を所有し、この地に無制限な数の雇用と住宅を供給する」と語った。トランプ氏は、大統領就任後の最初の首脳会談の相手にネタニヤフ氏を選んだことでもみられるように、イスラエル支持・支援に徹しており、「アメリカ領ガザ地区」はイスラエル人のみが暮らせる街になるに違いない。
当然のことながらイスラム組織ハマスは「ガザ地区はイスラエルに占領されたパレスチナの土地の一部」と猛反発。パレスチナ暫定自治政府のアッバス議長も「パレスチナ人を祖国から移住させるという呼びかけを断固拒否する」との声明を発表した。こうしたガザ地区の住民たちの「ガザは自分たちの土地」との熱い思いを無視して移住政策を強行すれば、パレスチナとアメリカの間で紛争が起こるのは必至。その火はアラブ諸国に及び、戦争状態に発展するおそれが十分にある。
トランプ氏の「ガザ所有」発言の波紋が世界中に広がるなか、石破・トランプ会談が行われた。外務省のHPによると、会談後に発表された共同声明は①平和のための日米協力②成長と繁栄をもたらす日米協力③インド太平洋における日米連携――の3項目で構成され、「日米同盟がインド太平洋およびそれを超えた地域の平和、安全および繁栄の礎であることを強調した」としたうえで、中国の東シナ海における現状変更の試みに反対、台湾海峡の平和と安定、北朝鮮の核ミサイル計画への懸念を盛りこんだ。
ここで踏まえておきたいのはインド太平洋の範囲である。安倍晋三氏は首相であった2016年、ケニアで開かれたアフリカ開発会議で「自由で開かれたインド太平洋」構想を提唱。「国際社会の安定と繁栄のカギを握るのは、成長著しいアジアと潜在力あるアフリカの交わり。これを国際公共財として発展させよう」と訴えた。外務省のHPにはその地域が図示されており、アメリカ西岸からアフリカ東岸までの太平洋、インド洋とその沿岸が対象地域としている。石破・トランプ共同声明に盛り込まれた中国・北朝鮮は明白にこの対象地域に含まれる。したがって共同声明では「インド太平洋」とだけ書けばよいはずだ。実際、トランプ政権1期目の2017年2月、安倍首相との会談後の共同声明では「揺るぐことのない日米同盟は、アジア太平洋地域における平和、繁栄および自由の礎」としている。
なぜ、石破・トランプ会談では、インド太平洋に「それを超えた地域」を加えて、対象地域を広げたのであろうか。「それを超えた地域」という言葉の使い方からみて、その周辺地域を指すのであろう。外務省のHPにある「インド太平洋地域図」にはイラン、サウジアラビアの一部が含まれている。その周辺は中東地域である。日本にとってはスエズ運河と紅海での船舶の安全な航行の確保は極めて重要な課題だが、これは安倍政権時代も同じである。となると、今回「それを超えた地域」を盛りこむべき新たな理由は、「ガザ所有
だと考えるのが自然だろう。
アメリカがガザ地区を所有した結果、そこで戦争状態になったとしても、日本はあずかり知らぬことのはずだ。しかし、安倍首相は2014年、憲法解釈を変えて集団的自衛権の行使を容認する閣議決定をした。わが国と密接な関係にある他国が武力攻撃を受けた場合、日本が武力行使することを可能にしたのである。アメリカが「密接な関係にある他国」に当たることはいうまでもない。ガザ地区がアメリカの所有地になれば、集団的自衛権行使の対象地区になるのではないか。
石破首相は著書『日本人のための「集団的自衛権」入門』(新潮新書)のなかで、9・11同時多発テロ後のアメリカのアフガニスタン攻撃に触れ、「日本の集団的自衛権の行使が可能になっていたら、自衛隊が参加した可能性はゼロではない」と書いている。アメリカの領土ではないアフガニスタンでの戦争ですら、石破氏は集団的自衛権行使の対象というのである。トランプ氏から「ゴザに自衛隊を出してくれ」と頼まれたら、石破氏は二つ返事で引き受けかねないのである。
冒頭に述べたように、仮にガザ地区をアメリカが所有し、そこで紛争が起きたとしても、自衛隊派兵という事態は余りにも荒唐無稽な想像であり、本稿の読者は「ありえない」と一笑に付すだろう。だが、ガザ地区を所有すると言いだすこと自体が荒唐無稽、いやトランプ氏がアメリカの大統領になることがそもそも荒唐無稽な、しかし現実に起こった出来ごとである。起こるはずのないことが起こる。それがトランプ時代なのだ。この4年間、一寸先は闇である。