◆現代時評《社会不安と大地震の不思議な関係》井上脩身

~阪神大震災30年に思う~

阪神大震災から30年がたった。1990年にバブルが崩壊し、日本経済が低迷しはじめるなか、1995年1月17日午前5時46分、M7・3の地震が淡路島から阪神地方を襲い、6434人の命を奪ったのだった。わが国の近・現代史をひもといてみると、国の形態を変革する歴史的大事件が起きたときや、戦争、政権交代、恐慌など、政治・経済・社会的に混沌としたとき、大地震が発生している。地震は断層がずれ動くことによって起こる自然現象であって、人間社会の事情とは何の関係もないはずだ。なのに、よりによって先行きが不安になったとき、地震が痛打を浴びせるのである。摩訶不思議というほかない。

近・現代史において、この国の形態を大きく変えたのは明治維新と終戦である。
明治維新への動乱は、ペリーが1853年、黒船を率いて来航したことからはじまった。攘夷派と開国派が真っ向から対立、血で血あらう抗争をつづけた揚げ句、薩摩と長州の志士らによって幕府が倒れ、天皇主体の明治新政府が生まれた。ペリー来航翌年の1854年12月23日、安政東海地震(M8・4)が発生、房総半島から四国にかけて津波が襲来し、死者は2000~3000人に及んだ。その31時間後、安政南海地震(M8・4)が起き、紀伊半島から高知にかけて津波が襲った。
1945年の終戦によって、軍国主義国家から平和と民主主義の国になった。敗戦が極めて濃厚となった1944年12月7日、東南海地震(M8・2)が起き、伊豆から紀伊半島にかけて津波が発生、死者・行方不明者は1223人を数えた。1カ月余り後の1945年1月13日にも三河地震が起き、2306人が犠牲になった。
1894年、日清戦争が勃発、日本の勝利で終わったものの、ロシアなどの三国干渉で遼東半島の返還を余儀なくされた。政府が屈辱感にかられるなか、1896(明治29)年6月15日、明治三陸地震(M8・5)が起き、大津波が三陸岸を襲撃。死者・行方不明者は2万1959人にたっした。三陸では1933(昭和8)年3月3日の昭和三陸地震(M8・1)による津波で3064人が死亡。この前年の1932年、満洲国の建国が宣言された。日本が満州に傀儡国家を築いたもので、翌年には国際連盟を脱退。日中戦争へ、そして太平洋戦争へと戦争の道をまっしぐらに進むことになった。

三陸は明治、昭和につづいて、平成でも大津波に見舞われた。2011(平成23)年3月11日、東日本大震災(M9・0)が発生、最大14・8メートル(宮城県女川漁港)の巨大津波が三陸から関東北部沿岸を襲い、死者1万5884人、行方不明者3394人という甚大な被害になった。この津波で東京電力福島第一原子力発電所の1~3号機の炉心が溶融(メルトダウン)して放射線物質が漏れ、49万人(ピーク時)が避難した。この地震の2年前の2009年8月の衆院選で民主党(当時)が圧勝して自民党政権を倒し、政権交代を成し遂げた。しかし、民主党内で原発再稼働推進派と慎重派が対立、政権は3年で終わった。
わが国の地震といえば絶対に避けて通れないのが関東大震災(M7・9)。1923年9月1日午前11時58分、神奈川県西部を震源とする地震が発生、昼食の準備中だったうえ強い風が吹いていたため、東京では火災が街をなめつくし、焼死者が9万人以上にのぼった。この結果、死者・行方不明者が10万5385人というわが国災害史上最悪の悲惨な地震になった。こうした社会不安のなか、流言が流言を呼び、多数の朝鮮人が自警団員らに虐殺され、無政府主義者の大杉栄が殺された。この地震の3年前の1920年、第一次世界大戦後の「戦後恐慌」で株価が大暴落して企業倒産が続出、庶民は不況にあえいだ。この余波のなかの大震災であった。
阪神淡路大震災は冒頭に述べたように、バブルがはじけた経済不安のなかで起きた。東証株式指数が1989年12月に2898・47だったのにたいし、1990年9月には1500台にまで下落。以降、「失われた30年」といわれる経済の停滞期になる。地震が起きる半年前の1994年6月、自社さきがけ連立政権が生まれて社会党委員長の村山富市氏が首相に就任、戦後政治のエポックを画した。いま思えば、「政権交代予備内閣」であった。

阪神淡路大震災から30年がたったいま、「アベノミクス」という名のアベノミスの後遺症によって円安が進み、わが国経済は地盤沈下から浮き上がれないでいる。加えてウクライナ戦争の影響を受けてエネルギー価格が上がり、物価の上昇傾向が続いている。「失われた30年」からの脱却が見通せないなか、大統領に復帰したトランプ氏がわが国に不利益になることを押し付けてくるのではないかと、政財界は疑心暗鬼にかられる。難しいカジとりを迫られる石破首相の支持率が上がらず、野党第一党・立憲民主党の野田佳彦代表は政権交代をもくろんでいる。こうしてみると、政治、経済状況は阪神大震災のころと似かよっているではないか。考えれば考えるほど、不気味である。