現代時評《国破れて山河あり》山梨良平

杜甫像

【609studio】
國破山河在 城春草木深 感時花濺涙 恨別鳥驚心
 と続く。

杜甫と言う中国・唐時代の詩人が詠った「春望」と言う詩。今更この詩を解説しようとするわけではない。元の詩は「長安(国都)は崩壊してしまったが、山や河は変わらず、城内(長安)では春が訪れ草木が青く茂っている。」と言うような意味だそうだ。

ここで我が国のありように目を向けてみた。「一極集中」、「少子高齢化」、「限界集落どころか消滅集落」そして「分断」。このような言葉が飛び交う日本が現状だと言える。そして長い間、政府、経済界は見て見ぬふりをしてきた。新幹線は敷設した。しかし経済的に弱者の地方都市は通過する。通過する町は新たな「編成」で極端に本数が減ることになる。そしてその在来線はいつしか第三セクターに譲渡され、そして存続かバス運行かと攻められる。

こうしてみると地方は「国破れて山河あり」の状況になってしまっている。国は唐ではないが「大都市に敗れてしまった」わけである。これが我が国の現状だ。「一極集中」、「少子高齢化」、「限界集落どころか消滅集落」などなどほとんどの地方に当てはまる状況を政府は一顧だにしない。これが「分断」だ。先の衆議院選で自民党は敗れた。しかしそれは決して「限界集落化」した地方を救う事にはならない。国民生活を「経済で考える」のはもうやめるべきだ。
これには中央の官僚の頭の切り替えが必要だが、東京に首都をおいている限りは無理な話だと思う。

いい例が国鉄の民営化である。JR北海道、JR四国等弱小の会社の現状を見ればw借ると思うがここにも一顧だにしない官僚の姿が垣間見える。郵政省の民営化もそうなりつつある。地方にたった一つ残る金融機関・郵便局も民営化当初の売りとは違っているように見受けられる。いずれも「採算」を重視するあまりの結果だ。国民に不可欠のインフラを「採算」と言う考え方で進めると「国破れて山河あり」となる。