
【609studio】この前まで通常の航海だった。しかし日本が戦争に負けてから、環境は一変した。サハリンの西海岸・日本海に面した町に「阿幸」と言う小さな漁村がある。旧鉄道省の記録によると「阿幸」は「おこう」と読み、樺太西線という鉄道が日本海に沿って、上りは本斗駅行き5本が運行されていて、下りは野田駅行きと久春内駅行き各2本と北真岡駅行き1本が運行されていた。

その町にひとりの漁師、波間三平がいた。彼はまだ20歳にもならない若い漁師だった。もうすでに樺太はソ連に占領されていた。しかしまだ逃げる(樺太を離れる)機会はあった。
一隻の艀(はしけ)に乗れるだけの日本人を乗せて浪間三平は自前の小型漁船でその艀をけん引して稚内を目指した。漁船は小型だったし、艀は満杯で船足は遅かった。しかし幸いにして途中ソ連の監視の目はなく無事に稚内につくことが出来た。
まさか稚内へ渡ることが「密航」になる時代が来るとは思えなかったと浪間三平は筆者に笑って話した。その後彼はもう一度樺太の阿幸まで戻った。阿幸の浜に定置網を取りに行くためである。「これも密航になるんだな」と独りつぶやいた。(文中敬称略)
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