とりとめのない話《峠越え「出屋敷峠」》中川眞須良

奈良県五條市の中心 R24号線 「本陣」の交差点を南へとれば通称十津川街道(R168)を地元の人は五新線と呼んでいる。賀名生梅林(あのうばいりん・左の写真)を右手に見、城戸の信号を過ぎたあたりから少し上り勾配がきつくなってくる。紀伊半島の大分水嶺(だいぶんすいれい)天辻峠(てんつじとうげ)の真下を貫く地上650m新天辻トンネルの入口が見えてくるのも間もなくだろう。少し雲が増え風切音が大きくなったが今日の天気予報に雨はないが過去に「峠の長いトンネルをでると土砂降り」の経験は数多い。
「抜けた。快晴だ!」すぐ国道沿い西側のパーキングエリアに立ち寄る。地元の人 売店の従業員から今日の目的地「出屋敷峠」に関する道路情報等が得られるかもしれないからだ。この峠、和歌山県道732号(阪本五條線)の奈良県境に位置する。この峠周囲は杉の木が乱立し眺望、見晴らしは全くなく道幅は狭くガードレールもない。「四駆の軽トラが一日2・3台越えて行くくらいで・・・通らんほうがいいで、もし落ちても誰も助けてくれんし・・・」。と売店での地元の客。前回とは逆方向の今回のこの峠越えに駆り立てるのは記憶の片隅に残る二つの「暖かさ」だろう。

一つは路面の落ち葉だ。杉と広葉樹の枯れ葉がまじり、路面に絨毯のように積もっている。前回より少し分厚いかも・・・。タイヤは半分近く埋まっている。前車の轍がない。コーナーで後輪が少し左右に滑る。路面の凹凸感が全く無く窓を全開にしても地表からの寒気の立ち上がりがない。

もう一つの暖かさは風だ。「峠」は風の通り道であるのにここは風がない。冷気の運び人がいない。地理的な条件なのだろう。落ち葉の絨毯の匂いと湿気がまじりあった空気がゆっくりと漂っていることがそれを物語っている。人の気配が無い。二度目の今回は大胆にも峠で道路上に寝ころがり大きく両手を広げ、ゆっくりと深呼吸を二度。杉の枝と雲の裂け目から薄い青空が覗いた。

なぜか出屋敷峠を独り占めした気分になる。

海抜656メートル、妙な満足感に浸れる、不思議な場所だ。

富貴の村(ふきのむら)のガソリンスタンドまであと約20分。