Webサハリン物語《episode#9 中央アジアの朝鮮人》片山通夫

東京新聞より

【609studio】米ソ両国は、いや世界は第二次世界大戦後、いわゆる冷戦時代を迎える。鉄のカーテンと呼ばれた、スターリン時代のソ連は朝鮮半島に今も残る傷跡を残している。それは1950年6月25日の北朝鮮軍が韓国に攻め込んで始まった朝鮮戦争に代表される。戦争休戦に3年かかった。この間サハリンでは帰国できなかった朝鮮人たちは炭鉱、林業、漁業など第一次産業に従事していた。ロシア語のできない彼らに指導でいたのは中央アジアの朝鮮系ロシア人の通訳だった。中央アジアの朝鮮人はもともとは1860年頃に朝鮮半島からシベリアの沿海州に移り住んでいた人々だった。しかしスターリンが「敵性国人である日本人と見分けがつかない」と言う一言で、一夜にして沿海州に住む朝鮮人を中央アジアの国に移動させた。ソ連時代だったから闇から闇への移動だった。その彼らが朝鮮語とロシア語のそしてソ連の社会社会主義のシステムをサハリンの朝鮮人たちに教え込んだ。当然サハリンの残留朝鮮人は反発したようだったがかなわなかった。

註:朝鮮戦争⇔ソ連崩壊を受けて公開された機密文書によると、1950年6月25日にソ連のヨシフ・スターリンと中国の毛沢東の同意と支援を取り付けた金日成率いる北朝鮮が、事実上の国境線と化していた38度線を越えて韓国に侵略戦争を仕掛けた。分断国家朝鮮の両当事国、北朝鮮と韓国のみならず、東西冷戦の文脈の中で西側諸国を中心とした国連軍と東側諸国の支援を受ける中国人民志願軍が交戦勢力として参戦し、3年間に及ぶ戦争は朝鮮半島全土を戦場と化して荒廃させた。1953年7月27日に国連軍と中朝連合軍は朝鮮戦争休戦協定に署名し休戦に至ったが、北緯38度線付近の休戦時の前線が軍事境界線として認識され、南北二国の分断状態が現在まで続くこととなった。
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註:ロシア極東の朝鮮人 (岡奈津子氏論文)

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