現代時評《上げ底先進国》井上脩身

~競争力低下と小選挙区制~

【609studio】衆議院に小選挙区制が導入されて30年がたった。世襲議員が増え、政治の劣化が指摘されるなか、スイスの国際経営開発研究所(IMD)が2024年版「世界競争力ランキング」を発表、日本は38位と低迷した。競争力の衰えは円相場にも影響し、1ドルが150円~160円と円安が続いている。小選挙区制が導入された1994年ころ、IMD競争力が5位以内、円相場が94円(1995年平均)であったことを思うと、経済力の急激な低下は目を覆うばかりである。政府はG7国家にふさわしい外見を装うために、借金をかさねてきた。その総額は1297兆円とCDPの2倍を超える。これを菓子折りにたとえるなら、外見は30個の饅頭が詰まっているようにみせかけ、実は20個しか入っていない上げ底経済といえるだろう。わが国は世襲政治家らによる″上げ底先進国″なのである。 定数が4、5人の中選挙区制時代、おもに自民党候補者同士が骨肉の金権合戦を繰り広げた。一方、野党側から「イギリス型2大政党制」を求める声が高まり、小選挙区制に踏み切った。定数が1となる小選挙区では2位以下の得票はすべて死に票になることから、「民意が反映しない」と反対する人は少なくなかった。私も小選挙区制に反対であった。中選挙区の場合、意欲満々の新人が打って出て、4位か5位でもぐり込める。政治家としての実績がある候補者が所属する政党に逆風が吹いた場合でも、最下位で滑り込める。小選挙区ではこうした候補者は当選できず、国会に若手のホープやポリシーある議員がいなくなるおそれがあると考えた。
2021年の衆院選で立憲民主党の辻元清美さんが、維新旋風が吹き荒れて落選(2022年の参院選で当選)したのは、小選挙区制の一面をあらわす典型的な例であった。私の予想を超えたのは世襲議員の増加である。日経新聞の調査によると、小選挙区制導入後の最初の選挙となった1996年から2021年までの8回の衆院選での小選挙区候補者のべ8803人中、世襲候補者の勝率は比例復活当選を含めて80%、非世襲候補は30%。1位だけが当選できる小選挙区では、ジバン・カバン・カンバンを引き継いだ世襲候補者が圧倒的に有利なのだ。こうした現実に「100メートル走で40~50メートル先からスタートするのと同じ」と揶揄する声がある。実際の100メートル走で、かつてのトップ選手の子どもというだけで、50メートル先からスタートできるとすれば、観客席はブーイングの猛嵐が吹くだろう。だが、選挙では、有権者がそれを許しているのだ。
こういう次第だから、自民党が大敗し、民主党に政権の座を許すことになった2009年の衆院選では、同党の当選者119人中50人が世襲候補者で占め、世襲率は前回の32%から42%に上がった。非世襲組が次々に落選するなか、世襲組は強みを発揮したのだ。当選者が多ければ、閣僚も世襲組が多くなる。第2次岸田内閣では閣僚20人中、12人が世襲議員。岸田首相を含め、小選挙区制導入後の首相12人中9人が世襲。自民党に限ると、世襲でないのは菅義偉氏だけだ。世襲議員を全体として平家にたとえるなら、「世襲にあらざれば議員にあらず」の様相である。

IMDのランキングに話しを変えよう。調査対象は67カ国・地域。経済実績、政府の効率性、ビジネスの効率性、インフラの4分野での競争力を評価するもので、日本は経済実績21位、インフラ23位、政府の効率性42位、ビジネスの効率性51位。総合成績は38位(前年35位)。世界1位はシンガポール、2位スイス、3位デンマーク。アジアでは香港5位、台湾8位、中国14位、韓国20位、タイ25位、インドネシア27位、マレーシア34位。日本より下位はインド、フィリピン、モンゴルだけ。G7では米国12位、カナダ19位、ドイツ24位、英国28位、フランス31位。
IMDの第1回の調査(1989年)では日本は世界1位。その後、ランクを下げたが、1996年までは5位以内を保っていた。すでに述べたように、1996年は小選挙区制が導入されて初めての衆院選が行われた年である。翌年の対ドル円相場の平均は113円。2012円は76円と円高になったものの、2022年に120円になって以降、円安が顕著に進んでいる。
第2次安倍政権では、こうした経済的低迷をカバーするために国債を乱発、岸田政権もこれに追随し、国の借金は1300兆円近くまで跳ね上がった。このツケは当然のことながら将来世代に回ってくる。政府は少子化対策が急務としているが、生まれてきてほしい子どもの将来を考えるなら、借金を減らすことが先決であろう。苦労知らずの世襲議員である岸田首相には望むべくもないことかもしれない。

ここまで書いて気がついた。小選挙区制の一番の問題は苦労知らず政治家を生むということだと。自民党の派閥の領袖から立候補の許しを得れば党の公認候補となり、かなり高い確率で当選できる。世襲なら、立候補の許しを得る苦労すらいらない。自民党以外の候補者からみれば、余りにも不公平なシステムというほかない。
世襲議員の多さについて、平家にたとえて記述したが、政治資金パーティーにかかわる裏金問題はさしずめ「平家のおごり」であろう。G7の国としては恥ずかしいレベルの競争力の低下、異常なほどの円安という現状は、いわば平家の末路といえよう。「おごる平家は久しからず」。では源氏が現れるのか、現れるとしたら、どのような姿をしているのか。この国の先行きは「今は見えざる源氏」にかかっている。