連載コラム・日本の島できごと事典その133《ヤマネコ》渡辺幸重

ツシマヤマネコ(「対馬野生生物保護センター」サイトより)

日本に生息する野性のヤマネコには、長崎県・対馬(つしま)に棲むツシマヤマネコと沖縄県・西表島(いりおもてじま)に棲むイリオモテヤマネコの2種類があります。どちらもベンガルヤマネコの亜種とされており、ツシマヤマネコは国の天然記念物と国内希少野生動植物種に、イリオモテヤマネコは国の特別天然記念物と国際保護動物に指定されています。

今年4月、保護されたツシマヤマネコが野生復帰訓練を受けたあと山間部に放されたというニュースが流れました。「ひかり」と名づけられたヤマネコは昨年7月に交通事故に遭ったあと保護されて対馬野生生物保護センターで治療を受けましたが、親離れをしていない生後2~3ヶ月の時期だったのでツシマヤマネコ野生順化ステーションでネズミやヘビの捕獲、木登りなど山で生きるための訓練を受けました。放獣後は約1年間、首輪に付けた発信器で活動範囲などの追跡調査が行われます。交通事故で負傷したり病気になったヤマネコを治療し、訓練して野生に戻す同ステーションの活動はツシマヤマネコの保護や増殖につながると期待されています。

ツシマヤマネコはアジア大陸北東部から10万年前に対馬にやってきたと推定され、かつては対馬全島に分布しましたが最近は生息地域が分断されているとみられます。推定生息頭数は250~300頭(1960年代の調査)から70~90頭(1994~1996年度調査)と減少し、絶滅が心配されています。国や長崎県などは保護活動だけでなく人間の手で繁殖させて野生に復帰させようとしており、福岡市動物園や井の頭自然文化園(東京都)などで飼育をしています。福岡市動物園では2000(平成12)年4月に初めて繁殖に成功しました。

一方、イリオモテヤマネコは1965(昭和40)年に動物文学者の戸川幸夫らによって西表島で発見されました。当時はネコ類でも原始的な形質を有する新属・新種と発表され、中型以上の哺乳類の新種発見は珍しいことから「20世紀最大級の発見」と国際的な話題になりました。

その後遺伝子解析による分子系統学の研究が進み、イリオモテヤマネコは独立種ではなくベンガルヤマネコから18~20万年前に分化し、2万~24万年前に琉球諸島に侵入したと推定されるようになりました。国際自然連合(IUCN)などはイリオモテヤマネコは亜種ではなくベンガルヤマネコの別名(別集団)としていますが、環境省は形態学的に十分な差異が見られるとして「西表島の固有亜種」という説を採っています。

西表島のような小さな島にイリオモテヤマネコのような中型の哺乳類が生き残ったのは奇跡と言われます。その秘密は進化の過程でトカゲ、ヘビ、カエル、コオロギなどの昆虫、オオコウモリ、鳥類、テナガエビなどさまざまな動物を食べるようになったことで、イリオモテヤマネコの適応能力が卓越していたということになります。