現代時評《″反安全″日米地位協定》井上脩身

~オミクロン株の巣の沖縄基地~

オミクロン株の出現により、国内の新型コロナ感染は1月になって爆発的に激増、昨年8~9月の第5波をはるかに上回る危機的状況を呈している。欧米を中心に世界的に感染が広がるなか、政府は外国からの入国者に対するPCR検査の徹底など水際対策を強化したが、沖縄の米軍基地からコロナウイルスが漏れだし、沖縄県内に感染がまん延。年末年始の観光シーズンの到来とともに全国に広がったとみられる。「日米地位協定」によって米軍基地が日本政府の手の届かない治外法権の鉄の壁で囲まれている結果、水際対策が機能しなかったのである。日米地位協定はわが国にとって不平等な取り決めであるにとどまらず、国民の健康を損なう″反安全協定″であることが明らかになった。

沖縄でオミクロン株による感染が確認されたのは2021年12月17日。キャンプ・ハンセンの日本人基地従業員のなかから陽性者が判明。同月上旬、米国から米軍嘉手納基地を経由してキャンプ・ハンセンに入った米海兵隊員の間で100人を超える大規模クラスターが発生しており、米兵から日本人従業員に感染が広がったことがわかった。
キャンプ・ハンセンでの感染者が1月5日までに515人にのぼったほか、感染は他の基地にも飛び火し、キャンプ瑞慶覧で97人、嘉手納基地で87人(いずれも1月5日現在)の感染者が確認された。これにともない、基地内で働く日本人従業員にも波及、1月5日までに25人の感染が確認された。
沖縄県では11月以降、1日あたりの新規感染者数はゼロか1ケタで推移していたが、12月23日ごろからじわじわと増えはじめ、1月3日130人、4日225人、5日623人と急増。玉城デニー知事は1月2日の記者会見で「米軍からのしみ出しが感染拡大の要因になっていることは間違いない」と述べた。

同県が危機感を強めるなか、米軍内では2021年9月以降、米国出国時のPCR検査を免除する運用をしていることが判明。岩国基地がある山口県、同基地と隣接する広島県でも感染が拡大しはじめたことから米軍への国民の批判の声が高まり、日米両政府は9日、米軍関係者の外出を14日間制限することで合意した。
しかし1月17日までの沖縄の米軍基地内感染者が、キャンプ・ハンセン1237人、嘉手納基地854人、キャンプ瑞慶覧621人、普天間飛行場358人など計4808人にのぼっており、日米合意に基づく米軍兵の外出制限の効果はうかがえない(1月19日付沖縄タイムス=電子版)。同県では9日から、山口県、広島県とともにまん延防止重点措置が適用されたが、18日の沖縄県の新規感染者が1443人にのぼったうえ、医療従事者の欠勤が503人(11日時点)に達するなど、状況は一層深刻化している。

米軍基地内でクラスターが発生した12月は沖縄の観光が上昇気流にあった。全国的に第5波が10月中旬ころに小康状態になって行楽気運が高まりだし、12月になると暖かい沖縄を旅行先として選ぶ人が増加したのだ。沖縄観光コンベンションビューロー(OCVB)によると、12月の入域観光者見込みは43万1300人と前年同月比32%増。また沖縄県の見込みでは、54万1900人と2019年の日本人観光客数(57万2700人)に近い回復が期待された。米軍基地でのクラスター発生のニュースが流れたことで、観光客実数は見込みより減ったと思われるが、それでも12月だけで40万人以上が沖縄を訪れたことは紛れもない。その多くは冬休みとなる年末に集中したであろう。
この時期の東京都の1日の新規感染者をみると、12月28日までは50人以下だが、29日に76人と50人を超え、1月2日に554人と激増。4日1268人、5日2638人、6日4475人と一日ごとに倍増した。その後も感染は全国的に広がり、米軍基地での感染確認から1カ月後の1月18日、全国の新たな感染者は3万2197人と初めて3万人を超えた。

これらのすべてが米軍に由来するわけではないが、元の原因のひとつであることは否定できまい。日米地位協定によって、米軍基地内に我が国政府が事実上手出しできないためであることはすでに述べた。同協定の問題点を掘り下げておきたい。
日米地位協定は1960年、日米安保条約の改定に際して締結された。ひとことで言えば在日米軍の特権を定めたもので、基地内での米軍の排他的管理権(第3条)のほか、日本国内の移動の権利(第5条)、出入国の際の日本の法令の適用除外(第9条)などが規定されている。米国軍人がわが国の空港で検疫を受けずに入国できるのは第9条によるもので、米兵が基地外にマスクもつけずに出て飲み歩くのは第5条に基づく。こうした不条理にもかかわらず、日本の警察、行政の権能が及ばないのは第3条による。この地位協定があればこそ、米兵がオミクロン株をまき散らすことができたといっても過言ではない。
日米安保条約は基地の使用について、日本の安全と国際平和の維持に寄与するため(第6条)と定めている。日米地位協定は本来、安保条約の範囲内で運用されるべきであり、日本の安全を損なう取り決めが許されるはずはない。今回の米軍のずさんなコロナ対応を見れば、地位協定は安保条約に反しているといえよう。したがって上記の第3、第5、第9条は廃棄されるか、少なくとも日本の警察・司法や行政権が基地外同様に及ぶよう改定されねばならない。

岸田文雄首相は1月17日に召集された国会で初の施政方針演説を行い、冒頭「わが国はオミクロン株の感染急拡大に直面している」と述べたうえで「最悪の事態を想定して、万全の体制を整えるべく、政府を挙げて取り組んできた」と自賛。「新型コロナに打ち勝つことを全身全霊で取り組む」と決意を表明した。
すでに縷々述べたように、「万全の体制」のはずが、実は米軍基地という大きな穴がポッカリと開いていたのである。岸田首相が真っ先に取り組まねばならないのは日米地位協定の改定であろう。これを逃げるのであれば、「全身全霊でコロナに取り組む」は、空虚な言葉遊びと断ずるほかない。