取材手帖《童仙房余話》片山通夫

《初めに》

童仙房・・・。聞きなれない言葉だと思う。「どうせんぼう」と読む。筆者も古い友人から最近になって聞いた。なんでもだいぶ以前にその友人が入院した折に同室だかで知り合ったかなりユニークな人物がその童仙房なる地域の出身だということだった。 この童仙房は京都府下唯一の村、相楽郡南山城村にある。もう少し詳しく説明すると、大阪湾に注ぐ淀川という川がありその源流の一つ、木津川のほとりに南山城村は存在する。木津川もこのあたりまで遡るといわゆる清流然としている。逆に言うと人口が少ないということでもある。村にはJRが通っている。以前は名古屋と大阪間に奈良を通って急行列車も走っていた。関西線である。南山城村には大河原という駅が今もある。

鉄道唱歌第5集(関西・参宮・南海篇)にも次のようにうたわれている。
 水をはなれて六丈の 高さをわたる鐵の橋
すぐればここぞ大河原 河原の岩のけしきよさ

その大河原駅が童仙房への最寄り駅となるが駅から徒歩で180分とあるから相当の山奥である。無論車で20分はかかる。書き忘れた。大阪から笠置を通って伊賀上野へ通じる国道163号線もこの南山城村を通っている。
筆者はこの童仙房をもう少し知りたいと思った。なぜならこの小さな山間の集落には大きな歴史があったからである。(続く)