現代時評《官房長官も官僚も大変だ。「平穏に年を越せるのかな」と余計なお世話してみる》山梨良平

アフガンで銃撃事件が起き、中村哲さんが同行の護衛などのアフガン人とともに殺害された。とても残念な事件だった。アフガンの人々にとっても、我々日本人にとっても「希望の星」であり、誇りだった。安倍首相も「通り一遍のコメント」を出したようだが、なぜか心に響かないと思ったのは、私だけなのか…。 続きを読む 現代時評《官房長官も官僚も大変だ。「平穏に年を越せるのかな」と余計なお世話してみる》山梨良平

現代時評「政権との癒着を断て!」片山通夫

韓国にハンギョレ新聞という名前の新聞がある。ハンギョレとは「一つの民族」あるいは「一つの同胞」という意味だそうだ。

1987年6月の民主化宣言直後の9月に発刊準備委員会が構成され、翌1988年5月に創刊された。漢字を一切使わない紙面は読みやすさを追求した結果だと聞いた。また大手の新聞が当時は漢字交じりの縦書きだったのを、創刊号から横書きを採用した。

軍政時代にむんしゅかを主張してその職を追われた記者が中心となって設立し「書きたいことを書ける新聞」だった。 続きを読む 現代時評「政権との癒着を断て!」片山通夫

現代時評【虚偽自白を引き起こす特信条項】井上脩身

~滋賀・看護助手冤罪事件が教えるもの~

 入院患者の人工呼吸器を外したとして殺人罪が確定、服役した元看護助手(39)が「(初公判で)否認しても本当の私の気持ちではない」との上申書を捜査員に書かされていたことが最近になって判明した。元看護助手について今年3月、再審開始が決定、来年3月末にも無罪になる見通しだが、自白を維持させる目的で強要したとみられる供述書の存在が明るみに出たことで、冤罪の元凶の一端が浮き彫りになった。

 事件は2003年5月、滋賀県東近江市の湖東記念病院で、入院中の男性患者(当時72歳)が死亡しているのを看護師が発見。元看護助手が「院内を巡回中に人工呼吸器のチューブを外した」と自供し、殺人容疑で逮捕された。元看護助手は公判で無罪を主張したが懲役12年の判決が確定した。第2次再審請求審で大阪高裁は2017年12月、「自然死の可能性がある」として再審開始を決定、最高裁で確定した。検察側は今年9月、新たな有罪立証をしない方針を示し、再審で無罪になることが事実上決まった。

 自白維持のための上申書の存在がわかったのは今年10月。上申書は2004年9月の初公判の3日前、元看護助手が取り調べ担当の捜査員に滋賀刑務所の拘置スペースで書かされた。冒頭「(初公判で)嘘をついて否認しようと考えました」とあり、「今まで警察や検事さんに言ってきたのにと思うと、本当のことを言って一生かけて償っていきます」「もしも否認しても、それは本当の気持ちではありません」などとつづられている。(10月24日付毎日新聞)

 11月8日付同紙によると、元看護助手は捜査段階で「人口呼吸器のアラームが鳴ったが放置した」という趣旨の供述をしている。だが警察はこの供述書を地検に提出しておらず、「チューブを外した」との自供が有罪の決め手となった。

 チューブが外れたのでなく被告人が外した、と証明するには、目撃者がなければほとんどの場合自白以外に証拠はない。

憲法は「何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない」(第38条3項)と規定。ところが刑事訴訟法には「被告人が作成した供述書又は被告人の供述を録取した書面で被告人の署名若しくは押印のあるものは、その供述が被告人の不利益な事実の承認を内容とするものであるとき、又は特に信用すべき情況の下にされたものであるときに限り、これを証拠とすることができる」(第322条1項)との例外規定が置かれている。この条項で問題なのが「特に信用すべき情況」。「特信条項」と呼ばれ、「自白裁判の武器」になっている。

 元看護助手の裁判では、大津地裁判決は「自白に迫真性がある」と判示している。迫真な自白であるがゆえに「特に信用できる」というわけだ。この裁判でも特信条項が援用されたみるべきだろう。

 内田博文・九州大名誉教授(刑事法学)によると、この条項は「自白が任意にされたものでない疑いがあるとき以外は自白に証拠能力を付与」したもので、「裁判所にとって自白の任意性を否定するのは困難。(なぜならば)裁判官の検察・警察に対する仲間意識(裏返せば裁判官の必罰主義)があるから」(『治安維持法と共謀罪』岩波新書)と指摘する。平たく言えば、裁判官と検察官がぐる同然の司法界では、特信条項がまかり通っているのが実態というのだ。

 この事件では、再審請求審で弁護側が「患者は致死性不整脈で病死した可能性がある」との医師の意見書を新証拠と提出したことで、再審開始決定につながった。しかし、一審裁判官が自白について、誘導された疑いがないかなど厳密に判断していれば、無罪という結論が導きだされた可能性を否定できない。今なお冤罪が司法界にはびこっていることをいみじくも表した裁判といえるだろう。

 特信条項はすでに述べたように憲法に対する例外規定である。したがって極めて限定的な規定でなければならない。「特に信用すべき情況」という文言には何ら限定的な文辞はない。裁判官が信用しさえすればどんな自白も証拠にできる規定なのである。私はこの特信条項は憲法違反だと考える。

 冤罪は虚偽自白から始まるといって過言でない。その温床は特信条項である。冤罪をなくすため、特信条項は廃止されねばならない。

現代時評《流言飛語を信じるな!》片山通夫

 関東大震災の混乱の中で、官憲や民間の自警団などにより多数の朝鮮系日本人および朝鮮人と誤認された人々が殺害された事件があった。その時殺害された人々の数には数百名~約6000名と、非常に幅広い差がある。今もって確定できていない。

 そして2019年の今年、沖縄・那覇の首里城が炎上した。この稿を書いている11月4日午前現在、まだ原因は特定されていないようである。ただ、「正殿内に外部から侵入した形跡はなく、県警は放火の可能性は低い」と県警はみている。

 ところがインターネット上には、火災発生当初から「中国・韓国人による放火」「プロ市民の仕業」などというデマ情報があふれだした。そしてこのデマは拡散されてお祭り状態になっているという。また、韓国出張中の玉城デニー知事に関し「韓国に避難している。(知事が)指示したかも」という中傷も一時流れた。動画投稿サイトには「犯人は僕です」との投稿があり、炎上したが現在は削除された。

 いったいこの現象はなんなのだろう。筆者が思うところを書く。

朝鮮人の犠牲者数は、在日本関東地方罹災朝鮮同胞慰問班が官憲の協力を得られないまま調査を進めた結果であり、あまり信頼出来そうもないようだ。とまれ、実際に虐殺は起こった。以下ペディアから引用する。

 震災発生直後の9月1日午後3時以降、東京や横浜などで「社会主義者及び鮮人の放火多し」「不逞鮮人暴動」といったデマが発生していったが、デマの中には警察や軍が流したものもあった。これらの報道や伝聞による噂に接し不安を煽られた各地の民衆や有志によって自警団が結成されたが、中には地域の管轄警察の主導・指導で組織された自警団もあった。これら自警団の一部によって朝鮮人・日本人・中国人らが虐殺されていった。陸軍や警察はこの混乱を奇貨として社会主義者や労働運動家らの抹殺を画策し、10名が軍隊に虐殺された亀戸事件および無政府主義者が憲兵大尉らに殺害された甘粕事件が実行されたが、こうした「白色テロ」に対する責任追及や批判は低調だった。当時の社会にとっては治安維持と被災者救援活動の一環であり、軍や政府や警察が威信を取り戻したとして歓迎される状況になっていた。

 澤明の自伝『蝦蟇の油―自伝のようなもの』の中では、当時中学2年生だった黒澤の関東大震災時の体験が語られている。その中に黒澤の父親が長い髭を生やしているという理由で朝鮮人に間違われ暴徒に囲まれた話や、黒澤が井戸に書いたラクガキを町の人々が「朝鮮人が井戸に毒を入れたという目印」だと誤解し騒ぎになるというエピソードがある。

 一部では官憲の主導で自警団が結成されというから、おぞましい。

  ここに見るように「官憲の指導のもと」とまではともかく、今は「匿名で無責任にデマを飛ばせる」状況である。首里城の火災、台風19号などの自然災害などが起こった時に無責任なデマを飛ばす神経が分からない。一般に日本人は秩序正しくて優しく

思いやりがある民族だと定評がある。阪神淡路大震災時や、東日本大震災時の混乱時にも、略奪などの暴動は起こらなかった。外国人から見れば驚くほどの我慢強さと秩序正しさだといわれている。

 それが関東大震災時から、この首里城火災に至るまでの長い年月、日本人は自然災害にも耐えてここまで来た。それをあざ笑うようなデマでぶち壊しに「なろうとする危険がある。無責任だし、醜い。私たちは他人を貶めてほくそ笑むそんな人間ではなかったはずだ。 

 デマの拡散には気を付けなくてはならない。

現代時評《神戸の小学校の教師いじめ問題》井上脩身

 神戸市の小学校で4人の教師が若手男性教師をいじめていたことが、バラエティー番組の格好の衝撃ネタになっている。「教育者としての資格がない」との声が高まり、市は有給休暇中の4人を無給にする方針という。テレビで放映されるいじめ動画を見ると、確かに目を覆いたくなるほどに悪質だ。いじめは昨年春ごろから行われていたという。1年間も表沙汰にならずにいじめ行為が継続していたのだ。教育現場の閉鎖性が叫ばれて久しい。学校への管理統制が進むなか、いま我が国の教育界は危機に瀕している。

 問題になったのは神戸市須磨区の市立須磨東小。20代の男性教師が「(先輩教師から)嫌がらせを受けた」として今月11日、兵庫県警に被害届を提出。この教師は体調を崩して9月上旬から休職している。県警は暴行容疑で捜査する方針という。

 報道によると、若手教師をいじめていたとされるのは、40代の女性教師と30代の男性3人。昨年の夏休みに乳首を掃除機で吸われたのをはじめ、羽交い絞めにされ、激辛カレーを口に入れられた(2018年9月4日)▽ビール瓶を口に突っ込まれて飲まされ、ビール瓶で頭をたたかれた(18年、運動会後の飲み会)▽ドレッシング、焼き肉のたれ、キムチ鍋のもとなどを大量に飲まされた(18年末の飲み会後)▽車に大量の灰皿の水をまき散らされた(19年5月)▽「(被害教師の)学級、めちゃくちゃにしたれ」と言われた(19年春)▽携帯電話を隠された(19年6月)――などはいじめ時期がはっきりしているケース。

 平手打ちにされたり、蹴られたりする(毎日のように)▽かばんに氷を入れ、びしょびしょにされた(18年から数十回)▽児童に配布するプリントに水を垂らされた(18年から何度も)▽「性病」「くず」「くそ」「うんこ」「ごみ」などと呼ばれる(毎日)▽首を絞められて呼吸困難になった(複数回)――などもあり、いじめは手を変え品を変えて毎日のように行われていた。

 若手教師の代理人弁護士によると、いじめは昨年春に始まり、毎日のように手打ちする▽熱湯の入ったやかんを顔につける▽ジーンズをビリビリに破る――などの被害に遭った。「お前の父親はろくでもない」といった暴言をはかれ、「教室が汚れるから来るな」と授業見学を断られたこともあり、いじめ行為は約50種類にのぼっている。(10月12日付毎日新聞)

 平手打ちや熱湯やかんを顔につける行為などは、戦時中、下士官や上等兵が二等兵にビンタを食らわせる場面を想起させるが、今回の4人の教師の行為は、もっと陰湿で執拗だ。だれが見ても常軌を逸している。それにもかかわらず表面化しなかった。運動会後の飲み会や年末の飲み会後のいじめ行為については、他の教師も目撃していたはずだ。酒の席をいいことに4教師に同調したか、少なくとも見て見ぬふりをしていたのだろう。だれ一人止めようとしなかったのだろうか。

 残念ながらこの世の中には、弱い者をいじめることによって自らの精神の平衡を保つ心の貧しい人がいる。いじめのターゲットにされたくないため、いじめに加担する者がいることも現実だ。こうして、いじめ加害者―いじめ加担者―いじめ被害者という形でいじめは常態化しえいく。私はこれを「構造いじめ」と呼んでいる。今回のケースは構造いじめの典型であろう。

 こうした構造いじめがあると、その組織は淀んで血が詰まったような状態になり、陰鬱な空気に包まれる。これを防ぐには、組織に窓を開けて風通しをよくする以外にない。

 学校はかつて地域の文化センターであった。地元の人たちが運動会や学芸会だけでなく、なにかにつけて訪ねてきた。今は校門がぴしゃりと閉ざされ、卒業生ですら一歩も入り込めない。「児童、生徒を守る」を錦の御旗に、学校は地域社会との間に壁をつくり、一種の閉鎖社会となっているのだ。それを教育行政が推し進めてきた。教育委員会―校長―教頭―教員という縦のラインを構築することで、管理統制がしやすくなるからだ。

 今回のいじめが「神戸方式」に原因がある、との声がある。人事について校長に大きな発言力があることを指しているようだ。これを機に、市教委は学校管理をいっそ強めようとするだろう。だがそれはいじめ問題の解決策にはほど遠い。

 窓を開けよ、と私は言った。それは教師が自主的に行うことであって、教委が命令で行うことではない。そのことに気付いていないとすれば、教育現場の風通しは決してよくならない。

現代時評《表現の不自由時代》片山通夫

 愛知トリエンナーレが再開された。そして「表現の不自由展」が話題になったことは周知のことなのでここでは書かない。ただ名古屋市長が座り込みをして再開に反対したということだけは書いておく。

 このニュースを聞いていてふと思ったことがある。戦前、特高警察が小林多喜二をはじめ多くの人々が思想犯として逮捕、拷問そして獄死に至らしめた。

 《多喜二に限らず、戦前、思想犯として数十万人が逮捕され、その内7万人以上が送検、400名以上(1,503人とも)が獄死したとされます》(「朝日新聞・平成29年6月1日朝刊)。

 また「あの人の人生を知ろう~小林 多喜二」 に次のような文が掲載されている。

《書くこと自体が生死を賭けた戦いだった…この国にはそんな歴史がある。それも明治や江戸時代の話ではなく、昭和のことだ。

 特別高等警察、略して特高。手塚治虫の『アドルフに告ぐ』にも登場するこの組織は、体制に反対する労働組合員や反戦平和活動家など、政府に逆らう思想犯を徹底的に取り締まる目的で明治末期に設立され、その後敗戦まで強権をふるった。

特高は国家反逆罪や天皇への不敬罪を武器に、密告とスパイを活用して“非国民”を手当たり次第に検挙し、残忍な拷問で仲間の名前を自白させてはさらにイモヅル式に逮捕していった。》

 さてここから本題。

もし先に挙げた多喜二をはじめとする「思想犯」ら400人(もしくは1,503人)の人々の像を彫刻されたらこの企画展に物言った人々はどのように反応するのだろう。戦前の天皇の名のもとに不敬罪などで特高警察が取り締まり、拷問し、挙句の果てに死に至らしめた「罪」に対してはどのように考えるのだろう。やはり不敬だの済んだことだと、いや当時の法律を犯したのだからと、取り繕うのだろうか。

 今我々の持つ憲法や法律は「表現の自由」は保証されているはずだ。だから名古屋市長も、おそらく本来ならば許可されない「公共の建物・敷地内」での示威運動も警察権力など公的機関からの排除もされずに「無事最後まで」座り込みができた。

 そうもわからないというか、理解に苦しむ公権力の在り方・・・・。

現代時評《体質ぴったりの政策を!》片山通夫

 台風19号の被害にあわれた人々にお見舞いの言葉をお届けしたい。まだまだ被害は増えてゆくような報道もあるので、十分な対策をおとりになるよう祈っております。

 ところで、政府・与党のこの事態をどうも真正面から対応していないように感じられるのは、筆者だけなのか?

 ここに気象庁が発表している《災害をもたらした気象事例(平成元年~本年)》というデータがある。約30年にわたる記録だ。  

 毎年、大雨というか豪雨や台風などの自然災害で被害を受けている。はなはだしい年では、10件も発生している。言っておくがこの記録には東日本大震災のような地震の被害は含まれていない。。雨の降り方を少なくするとか、台風を消滅させるとかはできない。しかし「治水」などと言って、ダムを造ることが目的のダムなどに莫大な費用をかける必要は決してないが、国民の生活を守るための政策を迅速に取り入れてもらいたいものだ。

 北朝鮮の脅威に対応するためのイージス弾道ミサイル防衛システムを代表とする米国製品を、トランプ大統領に買わされているようなことをしないで、「国民ファースト」で予算の再配分を30年かけてしてみてはどうだろう。

 少なくとも、「政府・自民党の体質」にぴったりの政策だと思うのだが…。

具体的には次のようなことが考えられる。

1)災害のたびに国民の善意からの自発的なボランティアに頼っていないで、まず自衛隊を航空自衛隊と海上自衛隊とを再編し専守防衛隊とする。陸上自衛隊は解体して災害救助隊として再編し、飲料水、食料、医療なども含めた総合的な災害救助を行う。もちろん海外の災害にも派遣する。国内、海外を問わず迅速に派遣するために、現在の航空自衛隊や海上自衛隊の航空部門を一部割譲して航空部も併せ持つことになる。

 言ってみれば赤十字の別動隊。消防は救急、火災など現状の任務に限り、災害救助は救助隊に。これらの基地は過疎に悩む地方に置き、大都市には何も置かない。ただし迅速に国内すべてをカバーできるように配置する。そのために遊休地を積極的に活用する。

2)ある意味、土建国家になるが、電柱などライフラインの整備に相当の予算をつける。共同溝を整備して、ガス、電気、水道、通信などのラインは共同溝に入れる。

 これらの施策を実行するための予算を重点的に配分するための法律を作る。憲法に定められた健康で文化的な生活を送るためか否かだけで予算化できれば…。

 以上、夢のようなことを書いたが、政治家が過去のしがらみに絡まっていないで、この災害列島を「強靭で文化的な生活を送れるようにする」という目的だけで今後30年を過ごせれば安倍首相も、つまり自民党政権も歴史に名を残すことになるだろう。もちろんいい意味で!

photojournalist Michio Katayama's official site 松江にて