現代時評プラス《過去に向き合えない日本人》:片山通夫

 1923年9月1日11時58分32秒頃、南関東を中心とした大地震が起きた。190万人が被災、10万5千人余が死亡あるいは行方不明になったとされる(犠牲者のほとんどは東京府と神奈川県が占めている)。建物被害においては全壊が10万9千余棟、全焼が21万2000余棟である。東京の火災被害が中心に報じられているが、被害の中心は震源断層のある神奈川県内で、振動による建物の倒壊のほか、液状化による地盤沈下、崖崩れ、沿岸部では津波による被害が発生した。(ウイキペディア)
 この大地震に乗じて流言飛語が飛び交ったことはよく知られている。中でも「震災の混乱に乗じ、鮮人の凶暴」という左の記事に見られるようなデマが飛び交い、自警団などを組織して、集団で朝鮮人を謀殺した。殺された人数は6000人とも。

昨今の我が国の右傾化とともに、南京虐殺、従軍慰安婦、強制連行そして強制労働、731部隊などなどの出来事と同様、この事件にも真正面から向き合わない、いや向き合えない風潮がはびこっている。

直近の例を挙げると、小池東京都知事が関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式への追悼文を拒否した。理由は震災全体を追悼するので、それで十分だというわけだ。失礼だが、この方、かなりの知識の欠如が見られるように思える。無論詭弁を弄しているのだ。

なぜなら、震災の犠牲者はあくまで大地震と言う天災の結果であり、6000人にも及ぶ朝鮮人の犠牲は、どのように考えても「人災」、それも偏見と差別の結果である。このように明白な原因の違いを理解できないはずはない。そこには政治的な知事の意図が如実に表れている。

小池知事も歴史に向き合えない日本人だった。