現代時評《過度な右寄り忖度の時代》:井上脩身

小中学校の教科外の活動とされてきた道徳について今年3月、政府は学校教育法の施行規則を変え、「特別の教科」にした。来年度から実施されるにともなって作成された教科書の「パン屋」の記述に対し、文部科学省が「不適切」の検定意見をつけていたことがこのほど判明した。パン屋は伝統文化の尊重にふさわしくない、というのである。日本人がパンに出合ったのは16世紀といわれ、伝統的食文化としてすっかり定着している。にもかかわらず「不適切」にしたのは、文科省の官僚が「祖国への誇りを持つ教育」との安倍政権の姿勢に過度に忖度(そんたく)した結果としか考えられない。森友学園問題で国会論戦の的となった忖度。「安倍一強」のなかで官僚が常に政権の顔色をうかがって忖度していることの証左といえるだろう。
 報道によると、東京書籍の小1向けの教科書中の「にちようびの さんぽみち」にパン屋さんが登場。祖父とよく散歩をする「けんた」がいつもと違う道を歩き、「よいにおいがしてくるパンやさん」を見つける。パン屋さんは「おなじ一ねんせいのおともだちのいえ」なので、「けんた」はおいしそうなパンを買ってお土産にした、というほのぼのとした物語だ。

この記述に対してつけられた検定意見は「学習指導要領に示す内容(伝統と文化の尊重、国や郷土を愛する態度を学ぶ)に照らし扱いが不適切」。文科省の担当者は「我が国が国や郷土の文化と生活に親しみ、愛着を持つことの意義を考えさせる内容になっていない」と解説している。(4月5日付毎日新聞)

パンは宣教師によるキリスト教布教時代の16世紀に日本に持ち込まれ、弾圧と鎖国のなかを長崎・出島で生き延び、明治維新を境に解放されたという。和菓子技術を生かして「あんパン」が作られるなど、日本独自の食文化の担い手にもなってきた。「けんた」君は立派に「伝統と文化の尊重」をしているではないか。「不適切」の理由がないことは冒頭に述べた通りである。

2006年、第一次安倍政権は教育基本法の精神を、従来の「普遍的にして個性豊かな文化の想像を目ざす教育」から「伝統を継承し、新しい文化の創造を目指す教育」へと、伝統文化重視に変更。これは受けて学習指導要領も変えられた。こうした教育行政の右傾化は、1997年に結成された右派団体「日本会議」が設立大会で決めた基本運動方針のなかの「教育に日本の伝統的感性を取り戻し、祖国への誇りと愛情を持った青少年を育成する」にのっとったものだ。安倍晋三首相は、日本会議の設立とともに発足した「日本会議国会議員懇談会」の最有力メンバーである。

検定担当の文科省の官僚が心からパンが日本の伝統に反するものと考えていたのではないかもしれない。しかし、「伝統の尊重」という以上、外来ものでない米などを使った食品が題材であれば、政府から文句をいわれることはない考えたことは想像にかたくない。パンを扱ったからといって安倍首相が口出しすることはないだろう。だが、より無難な道をとろうと自己保身を図るのが官僚の常である。結果として右寄りの道を選ぶ。それは広い意味での安倍政権への忖度といえる。

大阪・豊中市に小学校をつくろうとした学校法人森友学園に対し、同市内の国有地が9億5600万円の査定に対し、1億3200万円と8億円以上も値引きして払い下げられたのが森友問題の核心だ。学園の理事長だった籠池泰典氏は日本会議大阪支部の役員。同学園が経営する幼稚園で幼児が「教育勅語」を暗唱、安倍首相夫人の昭恵氏が「感動した」といい、安倍首相も「素晴らしい教育」と称賛した。

こうしたことから、国土交通省の官僚が払い下げに際し忖度をしたのではないか、と疑われた。籠池泰は国会喚問で「神風が吹いた」と証言しており、籠池氏の期待以上の忖度があったと考えるべきだろう。

森友問題では官僚は忖度を否定。教科書検定でも忖度したとは認めないだろう。だが、安倍一強が続けば続くほど、官僚は右寄りの判断をしようとすることは目に見えている。仮に安倍首相への直接の忖度ではなくとも、その空気を読んで忖度をすると思うべきである。

いま、「過度な右寄り忖度の時代」といえるだろう。その忖度がますますこの国を右傾化させ、その右の風をさらに官僚が忖度する――。危険なスパイラルの時代である。