不条理ショートストーリー外伝「何でもいいとも! 神ながらの道にルールは要らない」:白石阿光

「国会の答弁席でニヤニヤニタニタするのはやめてくださいよ。こっちは大変なんだから」

「君は、奥さんやお母さんのことまで答弁しなけりゃならないからね」

「こんなことなら、先に妻を証人喚問しとけばよかった、と悔やみます」

「そうもいかんだろう。なんせ、君が『妻や私が関与していたら、首相も国会議員も辞めます』と啖呵を切ったときは格好よかった。あれで国民はコロッと君の潔白を信じたんだから」
「最初から素直に『妻と私は全くの別人格であり、たとえ同じことをやったり言ったりしてもなんの共謀もしておりません』って言えばよかった」

「それも無理があるでしょ。共謀には定義がなく、広く網をかけるように仕組んだのは君でしょ」

「でもよくあなたはニタニタしてられますね。そもそもこの問題はあなたのところが火の元です。あなたはそこのトップでしょ。何とかして火を消してくださいよ」

「私は万全ですよ。なんせ証拠をすべてないことにしたんだから。『すべからく正当な手続きと判断によって処理されており、調査の必要もございません』という答弁を百万遍繰り返せばいいから、答弁ミスのしようもない。冷や汗を流している君を横から見てるとつい、ニヤニヤニタニタしちゃうんだ。悪いね」

「憲法も、ナチスのように国民がわからないうちに変えればいいと言ったあなたらしいわ」

「大体教育勅語を唱和させたり、ヘイトに安保法制、あげくのはては幼児の激励、いやいや校名にまで君の名前を付けさせるなんてやりすぎだろう。財務局も大阪府も『往生しまっせ』って不満たらたらだったのを俺が君の心を忖度して黙らせたんだからな」

「そんなのんきなこと言ってて検察の追求から逃れられるんですか。韓国のようになっても知りませんよ」

「僕は大丈夫だよ。なんせ証拠がないんだからね。君の方こそ大丈夫かね」

「私は内閣支持率があるから大丈夫です。私の考えに感動し、私を尊敬している国士が支えてくれます。特に貧乏な若者の支持は絶大です。諸外国にもお金をばらまき、同盟国の大統領とも意気投合しているのはご存知でしょう」

「支持の理由が『他に人がいないから』だよ。はっきり言っておくけど、私はいつでも2度目の首相を引き受けるからね」

「それ、共謀未遂罪ですよ!」

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私はいいとも学園が国有地を払い下げ、小学校を建設する土地を見つめていました。道を隔てて私が議員をやっているT市の公園がありますが、学園の用地も市が買い上げる予定でした。予算が足りなくて断念したのですが、この周辺の土地は空港の周辺なので騒音問題から国が買い上げた経緯があります。その後騒音軽減策が奏功し、一般利用が可能となって市や学園に払い下げることが可能となった訳です。

私はどうも腑に落ちない点がありました。いいとも学園がいくらで土地を払い下げたかわからなかったからです。私は、情報公開法に基づいて払い下げた財務局に情報公開を請求しました。手にした書類を見て驚きました。金額が黒塗りだったからです。これではなんにもなりません。

私は裁判所に訴えました。法に従って完全な形で情報公開をするべきだと。

「本件請求を却下する」ー裁判長は聴こえるか聴こえないか位のか細い声で言いました。そして急に荒々しい声に変わり、続けました。

「文書黒塗りの是非は争いの対象になりません。しかし、重要文書の特定秘密に当たる部分を黒塗りにしたことを訴えることは国家秘密保護法に違反し、告発の対象になります。(傍聴席より「問題のすり替えだ」の声あり)不愉快なヤジも罪の対象になります。注意するように。さて、国民の知る権利は公共の福祉に反しない範囲において認められるものであり、国体護持は公共の福祉の最たるものであるからして、よってあなたの訴えは犯罪になります。(傍聴席より「何が国体護持だ」の声あり)そもそも国家は壮大なる家庭にして、家長たる最高権力者の言うことを家族たる国民が聞かなくては家庭崩壊ならぬ国家崩壊を招くことは教育勅語によっても明らか。よって本法廷は、訴えを棄却するとともに、国家の存亡を危うくするという、本法廷において指摘された原告人の犯罪の解明を期待するものであります」

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私は小学校に上がる前、おじいさんの言いつけにより、いいかも学園の日の本幼稚園に通っていました。当時、幼稚園は少なく、通園している子は近所でも私だけでした。園の一日は、みんなで「先生、おはようございます。みなさんおはようございます」と声を揃えて挨拶することから始まりました。

幼稚園は楽しかったです。ただ、桃太郎や金太郎の絵本がところどころ黒く塗られていたのが不思議でした。先生は黒塗りのところにくると、どこにも書いていない話をしました。しばらくして新しい絵本が届きました。そこには桃太郎や金太郎は鬼と仲直りし、幸せに暮らしました、という平和な世界の絵が描かれていました。

これはあとから聞いた話ですが、その頃「せんぱん」という鬼が鎖を解かれ、占領軍と仲良く朝鮮半島に戦争をしに出かけたそうです。猿と犬と雉はどうしたかって? やっつけた鬼の供養のために出家したという話を聞いたようにも思いますが、記憶が定かではありません。絵本もすべて風呂の焚き付けに使ってしまったので、証明できるものは何も残っていません。

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私は、結婚直後は夫の言うことに唯々諾々と従う従順な妻でした。また、そういう教育を受けて育ちました。ところが結婚生活に飽きがきて大学院に通ってから世界観が変わりました。私は何も考えず、何も判断して来なかったことに気がついたのです。大学院の先生や海外からの留学生、帰国子女、地方出身者、苦学生、さまざまな環境の人が自らの体験や考えをぶつけ合っていました。私の経験とは異質のもので、それらは生活に密着し、生き生きとしていて、しかも切迫した緊張感がありました。特に、結婚し、子供を育てながら勉強し、研究論文を執筆している女性のエネルギーには圧倒されました。私は、大学に保育園が併設されていることさえ知らなかったのです。私は、一週間もしないうちに別人のように変わりました。決めたのです。「私も行動するぞ!」って。

夫が二回目の最高権力者になろうとしたとき、約束を取り付けました。決して私の判断と行動を縛ることはしない、と。夫は、どこまで私が決断したか、ちゃんと考えなかったのでしょう。上の空で「いいよ」と言いました。男ってそんなものです。

私は、東にボランティア活動があれば参加し、西に学校建設運動があれば賛同し、北に原発反対運動があれば見に行き、南に基地建設反対運動があれば話を聞きに走り回りました。安全な食品を使った料理の試食会や女性の社会参加を進めるシンポジウムにも参加し、自然食品を使った居酒屋も開いて、いろんな人々が集い、語り合う場所も作りました。そのどれもこれもが、新鮮でかつ手応えがあり、自分の力でやりきったと思える、素晴らしいものばかりです。私のネットワークはみるみるうちに広がり、たくさんの提案や呼びかけが寄せられるようになりました。そのどれもが世の中を明るくし、人々を元気にするものでした。

私は言いました。

「全部私がやりたいけど私がやれることには限りがあります。しかし、いいことは実現しなければなりません。必要ならば私の“最高権力者夫人”の肩書きを使ってかまいません。私はすべてのことを夫に語っていますので、場合によっては夫の名前も使ってください」。

私はどこでつまずいたのでしょうか。いいとも学園の幼稚園を見に行ったとき、子供たちが教育勅語を見事に唱和している姿を見たとき、感動にうち震えました。まるで延暦寺のお坊さんたちがありがたい経文を唱和する光景でした。素直に「素晴らしいですね」という言葉が出て、涙も流れました。空気の振動が体全体を包み、理事長の説明も聞こえませんでした。

基地建設反対運動の現場でも同じようなエネルギーを感じました。米軍基地の冷たいフェンスと無表情ながら威圧的な機動隊の列の前で挙げる反対派のシュピレヒコールも迫力がありました。みんな真剣に、声を限りと叫んでいました。シュピレヒコールの言葉は耳に入りませんでしたが、緊迫した空気が私の身を包み、体が震えました。

そういう私の行動のどこがいけないのでしょうか。

いいとも学園が理想的な教育をする小学校を建設するというので夫に伝えると、それこそ自分が理想とする社会の下支えになるというので大喜びで、自分から講演にも行くと言い出しました。理事長に伝えると校名を「安倍川偉人記念小学院」にするということでしたが、それは夫の引退後ということにしていただきました。申請は「アマテラスインペリアル小学校」としたようですが、地元自治体から建設する土地がはっきりしないと認可できないと言われたようです。土地の交渉相手である財務局が煮えきらないというので私に相談がありました。元より夫と同じ思想で、それを具現化する前線で戦っている理事長の頼みですから秘書に言って調べたことをFAXさせました。それでも現場では手続きが進まなかったようです。そしたら、夫のお友達である、あのニタニタ大臣にパーティですれ違ったとき、「大阪の学校の問題はうまくやっておいたから心配しなくていいですよ」と声をかけられたのです。私がときどき夫にぶつぶつ言っていたのを伝え聞いて忖度したのでしょう。借りるの買うので時間がかかったようですが、ゴミが少し出て来きたのを大量のごみ処理が必要なことにして、ただ同然の値段で払い下げたそうです。男どもの浅知恵はそんなものです。私は秘書からその顛末の報告を受けて、理事長夫人とメールで嘲笑い合ったものです。

その後の展開は皆様ご承知の通りです。いいとも学園が、8億円をごみ処理費用として負けてもらったことを隠しながら処理もせず、夫が「しつこい人」と言ったことからぶちきれた理事長が証人喚問で何もかもしゃべってしまいました。元知事が現女性知事に「年増の厚化粧」と言ったことと同じで、虎の尾を踏んだといったところでしょうか。夫や大臣は、理事長は“しっぽ”で、切ることができると踏んでいるようですが、私の方はすっかり“時の人”となり、マスコミにつきまとわれるし、義母には怒鳴りつけられるし、さんざんな目に遭っています。この頃は自宅に帰らず、知り合いの小さな宗教施設にかくまってもらっています。公務以外はそこでじっとしている“籠の鳥”です。今度のことは私人としてやったことなので、公人のときは一切しゃべりません。本当は洗いざらい話した方が私らしくてさっぱりするのですが、許してもらえません。理事長のように証人喚問の場が欲しい。今はその要請が来るのを待ちわびております。

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ちんおもうにわがこうそこうそうくにをはじむることこうえんにとくをたつることしんこうなり わがしんみんよくちゅうによくこうにおくちょうこころを いつにしてよよそのびをなせるはこれわがこくたいのせいかにしてきょういくのえんげんまたじつにここにそんすなんじしんみんふぼにこうにけいていにゆうにふうふあいわしほうゆうあいしんじきょうけんおのれをじしはくあいしゅうにおよぼしがくをおさめぎょうをならいもって ちのうをけいはつしとくきをじょうじゅしすすんでこうえきをひろめせいむをひらきつねにこくけんをおもんじこくほうにしたがいいったんかんきゅうあればぎゆうこうにほうじもっててんじょうむきゅうのこううんをふよくすべしかくのごときはひとりちんがちゅうりょうのしんみんたるのみならずまたもってなんじそせんのいふうをけんしょうするにたらんこのみちはじつにわがこうそこうそうのいくんにしてしそんしんみんのともにじゅんしゅすべきところこれをここんにつうじてあやまらずこれをちゅうがいにほどこしてもとらずちんなんじしんみんとともにけんけんふくようしてみなそのとくをいつにせんことをこいねがうめいじにじゅうさんねんじゅうがつさんじゅうにちぎょめいぎょじ

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私は理事長辞めます。こんなもん、あほらしうてやってられまっかいな。

私は国士です。この日本の国を真に信義の国にしたいと心から願うてます。教育勅語は素晴らしい。父子・兄弟・夫婦・友人間の人倫、謙遜、博愛、知徳の修得、道義的人格の完成、社会的義務の履行……。誰が反対できます? できるわけおまへんやろ。そもそも道徳というものは、政治や軍事、宗教とは無関係の普遍的な人の道を説いたもので、人生哲学なんです。ただ、私は教育者だからわかってますよ。天皇が、国民に向かって、私はあなたたちを愛するから私を支えなさい、という形になっている。それは国民の判断力を奪うことになりますね。しかし、よく考えてください。人類の歴史は戦争の歴史ですよ。人民大衆の判断に任せて世の中よくなりますか。戦争は権力者が勝手にやったとしてもそれは民衆が支えたからです。民衆は一度として正しい判断はしていない。としたら、永遠に正しい権力者に任せるしかしゃあないでしょ。幸いなことに日本には2千年以上信義の道を極めてきた天皇家というものがある。これは外国の王族や貴族と違います。普遍的な真理を体現しているものこそ神なんです。なんで天皇さんを現人神と呼んじゃあだめなんですか。みんな仲よう平和に暮らしまひょ、と言ってくれてはるんですよ。

教育勅語を判断力のない子供に唱和させてる、憲法違反だと言われてますが、私は判断するための足場を作ってやってるんです。数学でも人間が証明できる定理と証明できない公理があるでしょ。私は公理を教えてるわけで、たとえば自分の考えを相手に伝える字や文法などのルールを教えていると考えてもらってもいいです。「何の根拠があってそんなことやってんねん」という親もいますから、神代の昔からのありがたい天皇さんの教え、と言えばわかってもらえます。子供たちは信義を守り、社会をよくする立派な大人になりまっせ。

え、何? 教育勅語は憲法違反であり、法を守れという勅語の教えに反しないかって? 憲法が勅語を否定していると言いながら、勅語に従って憲法を守れだと。それじゃ殺された人間が生き返って、自分を殺した人間を助けるようなもんじゃろ。何わからんこと言うてんねん。そもそも、幕末の維新の志士が江戸幕府の決まりを守りましたか。守ってたら明治維新はできません。私は国士です。平成維新をやってるんですよ。早くしないと平成が終わるんで大変なんです! ごちゃごちゃ言わんと手伝いなはれ。

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私は、いいとも学園のウスメノカミ幼稚院の卒園生です。

園では毎朝、踊りながら教育勅語を唱え、体で覚えました。ですから信義の道はすっかり体得しています。

いまの権力者は私たちと同じ道を歩いている人だと聞きましたが、まったく信じられません。

理事長は貧しい家に生まれ、社会からひどい差別を受けたと聞いています。それでも信義の旗を掲げ、どんなえげつないことをしてでも理想を追い求めてきたからこそ、アへアへノカミ首相から寄付金をもらったり特別扱いをされたりしたのです。普通は献金をするところを逆に「応援するからがんばれ」ってお金をもらったんですよ。それをあろうことか、アへアへノカミ首相は、理事長を裏切った上に罵倒し、犯罪者呼ばわりして晒し者扱いしたんですよ。最高権力者として身を守りたいのでしょうが、それが理想の実現を託した人に対する態度ですか!

理事長は理想のために手段を選ばなかったことに対する罰は受ける覚悟をしています。アへアへノカミ首相も腹をくくって真相を暴露し、ヤマトオノコらしくお辞めになったらいかがですか。ニタニタ大臣が何をしたかを調べれば財務局の不正はすぐにわかります。

お友だち大臣のみなさん、アへアへノカミチルドレン議員のみなさん、夜中や休日に仕事をするブラック労働官僚のみなさん。いつまで忠誠を誓い、どこまで忖度をするんですか。必ずとかげのしっぽ切りに遇います。もう無駄なことはやめましょう。

教育勅語の中でも次のように言ってます。

「そして自分の言動をつつしみ、すべての人々に愛の手をさしのべ、学問を怠らず、職業に専念し、知識を養い、人格をみがき、さらに進んで、社会公共のために貢献し、また法律や、秩序を守ることは勿論のこと、非常事態の発生の場合は、真心をささげて、国の平和と、安全に奉仕しなければなりません。」

失礼。これは国民道徳協会の口語(誤)訳でした。

「へりくだって気随気儘の振る舞いをせず、人々に対して慈愛を及ぼすようにし、学問を修め業務を習って知識才能を養い、善良有為の人物となり、進んで公共の利益を広め世のためになる仕事をおこし、常に皇室典範並びに憲法をはじめ諸々の法令を尊重遵守し、万一危急の大事が起こったならば、大義に基づいて勇気をふるい一身をささげて皇室国家のためにつくせ。」

こちらは、旧文部省図書局の現代通釈(「聖訓ノ述義ニ関スル協議会報告」1940年)ですが、こっちの方が原文に近いようです。。

わかって欲しいことは、原文を正しく理解していただきたいということです。それが今回の問題を解決し、意味ある教訓を引き出すでしょう。

「恭倹己レヲ持シ、博愛衆ニ及ボシ、学ヲ修メ、業ヲ習ヒ、以テ智能ヲ啓発シ、徳器ヲ成就シ、進ンデ公益ヲ広メ、世務ヲ開キ、常ニ國憲ヲ重んジ、國法ニ遵ヒ、一旦緩急アレバ、義勇公ニ奉ジ、以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スベシ。」

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(Ye, Our subjects, )bear yourselves in modesty and moderation; extend your benevolence to all; pursue learning and cultivate arts, and thereby develop intellectual faculties and perfect moral powers; furthermore advance public good and promote common interests; always respect the Constitution and observe the laws; should emergency arise, offer yourselves courageously to the State; and thus guard and maintain the prosperity of Our Imperial Throne coeval with heaven and earth.(旧文部省、明治40年)