現代時評《愚民なのか、我々は…》:片山通夫

まず「愚民」と言う言葉の持つ意味を探ってみた。辞書にはこう書かれていて、拍子抜けだった。「おろかな人民」。当たり前のことだが。そして「愚民政策(ぐみんせいさく)」という言葉がそれに連なっている。
 愚民政策とは、人民の関心を政治に向けさせないことを目的として、意図的に人民を愚民化させるという政策。一般的には人民が好み、熱中し続けるような娯楽を提供し続けるという方策がとられている。

昔、大宅壮一と言うジャーナリストがいた。日本のテレビメディア黎明期における発言で「一億総白痴化」と言った。おそらく馬鹿な番組を垂れ流してそれを見て喜んでいる国民を憂いての事だと推察する。
今一つ、「論語」泰伯から、こんな言葉があった。「民は之に由らしむべし、之を知らしむべからず」。 その意は以下のとおりである。
 人民を為政者の施政に従わせることはできるが、その道理を理解させることはむずかしい。 転じて、為政者は人民を施政に従わせればよいのであり、その道理を人民にわからせる必要はない。

ずいぶん馬鹿にした話である。

さて、我らが国で長期政権を狙っている安倍政権は、壮一氏が憂いた「一億総白痴化」を完璧に実践していると見た。テレビの番組に圧力を巧妙に圧力をかけて、政権に都合の悪い情報は、オブラートに包むように仕向け、政権にとって辛口のジャーナリストや番組は、これを終わらせるように圧力をかける。そしてテレビや新聞など、大手のマスコミを、その手中に収めて、首相の出るシーンを多くとる政策を独裁化という。

一方、首相官邸に生殺与奪を握られた(人事局)官僚は、政権の都合の悪い内容を、国会ででも公表しない。まさに「為政者は人民を施政に従わせればよいのであり、その道理を人民にわからせる必要はない」という政策を実践している。

かくして我々は情報から隔離されて愚民として、連日三流の芸人に寄る三流以下の番組を見せられているわけだ。この政権のとる政策を「愚民政策」と言わずして、何を「愚民政策」と言うのか?

猛省しなければならない。ジャーナリストも国民も!