ギャラリー《鬼室神社という不思議な名前の神社》:片山通夫

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所用で滋賀県の国道307号線を走っていた。この国道はお茶の産地で名高い朝宮を通って焼き物の里信楽を経由して彦根に向かう。(モノの本には始点は彦根だと…)その国道を走っている時、「鬼室神社」と書かれた案内標識に気が付いた。下にハングルで書いてある。 国道から6キロほど中に入ったところだとか。詳しく調べると、日野の街の北東約4km、小野集落に存在する。そして小さな社殿の裏側に、高さ1mの石造の祠の中に、高さ48cmの八角形の墓石があり、一面に「鬼室集斯之墓」と彫られている。さらに左面には「朱鳥三年(668)戌子十一月八日歿」、右面には「庶孫美成造」と。
鬼室集斯(きしつ しゅうし)は、奈良時代の白村江(はくすきのえ)の敗戦後に渡来してきた百済人で蒲生野へ移り住んだ700人以上の百済系渡来人の首長の1人で、鬼室王とも呼ばれた。大和朝廷に仕えて天智天皇の信任を得て、学識頭(ふみのつかさのかみ)として日本の官史養成に努める。晩年、職を辞してこの地で没したと言われている。

参考 ウイキペディアおよび滋賀県観光情報