[:ja]◇現代時評《素麺作りを作る夫妻》:片山通夫  [:]

[:ja]一年でもっとも寒いこの時期、大阪府枚方市で「河内素麺」を創っているFさん夫婦を尋ねた。「河内素麺」の歴史ははっきりしないようだが、江戸時代に、近在の一人の男が、三輪素麺の元へ修行に出て持って帰ってきたということだ。
 その後、昭和の半ば頃まで、農家の冬の副業として栄えたが、次第に衰退してゆく。理由は企業として資本を投入しなかったことや、後継者が居ないというどこにでもありがちな理由に見られる。同時にこのあたりが急速に発展し、農業が衰退していった事とも大いに関係がある。何しろ、冬の間の農家の副業が主だったのだから。昭和の初め頃には50軒あまりの農家が造っていたと言うから驚く。

ところがFさんはその衰退を座してみている事はしなかった。かろうじて残っていた素麺作りの人を訪ねて弟子入りした。米屋を商うFさんは河内素麺の質の高さを知っていた。 このままでは絶えてしまうと29歳の時、残った生産者に頼み込んで弟子入りし、9年の間修行を重ねた。そして独立。今では河内素麺の唯一の生産者となった。

素麺作りは冬の早朝に始まる。綿実油と塩で小麦粉をこねて、最初は10センチ×3センチ程度の帯状に伸ばし、その帯状の材料を半日以上かけて徐々に細くしてゆく。この作業は一人では出来ないので、Fさん夫婦が呼吸を合わせて進めてゆく。ここで筆者が馬鹿なことをFさんに聞いてしまった。「夫婦喧嘩はできませんね」Fさんはけげんな顔をした。彼にとっては想像もできないバカな質問だったようだ。

およそ子供の小指ほどの太さに仕上がった素麺のもとは約30センチ程度の長さに棒状にまかれてゆき一晩寝かせて熟成させる。そして翌日早朝に寒風に晒すのだが、その時、いわゆる我々が知っているあの素麺の太さになるようグーッと伸ばす。

寒風に晒された素麺は、6時間程度で硬くなる。それを特製の包丁であの長さに切って完成だ。

この工程を見ていると、2日にわたっての作業であり決して機械的に作っているわけではないので、大量にはできまい。まして天候との兼ね合いもある。大手のメーカーは乾燥一つとっても乾燥機でブーンとやってしまう様だが、Fさんの河内素麺はそんな「手抜き」はしない。ひたすら愚直に手間と暇をかけて作ってゆく。そこには素麺に対する愛と情熱が感じられる。[:]