[:ja]現代時評《真珠湾演説の問題点》:井上脩身[:]

[:ja]安倍晋三首相は12月27日(日本時間28日)、オバマ大統領とともにハワイの真珠湾を訪れて戦没者を慰霊し、「私たちを結びつけたのは和解の力」と演説した。マスコミ各社は「歴史的な和解の終着点」とおおむね好意的評価だ。だが、戦後一貫してアメリカのいいなりになってきた日本は、十分過ぎるほど「和解」してきたはずだ。戦没者慰霊にけちをつけるつもりはないが、わが国にとって最重要課題は太平洋の安定化である。アメリカに対してのみ過度な和解にのめり込むことは、結果として中国、ロシアとの関係の不安定化につながり、緊張を高めるだけである。
 21世紀の少なくとも前半は太平洋の時代である、と本欄で私は数度にわたって主張してきた。その根幹をなすのは、GDP第1位のアメリカ、第2位の中国、第3位の日本、それにロシアの各国だ。北方領土、沖縄、尖閣諸島のそれぞれに領土問題や帰属問題、基地問題を抱えるわが国は、いわば太平洋の縮図である。

とくに真珠湾での慰霊が行われた12月は米中露が日本の行く手に大きくかかわっていることを示す政治、軍事事象が重なった。ロシアのプーチン大統領と安倍首相が会談し、「北方領土での共同経済活動に関する交渉を進める」ことを合意(16日)。最高裁が辺野古沿岸部の埋め立て承認に対する沖縄県知事の取り消し処分を違法とする判決を下したのを受けて、防衛省は辺野古基地の建設工事を再開(27日)。その2日前には中国空軍の空母「遼寧」が沖縄本島と宮古島の間の宮古海峡を通過し、太平洋に進んでいる。

これらはばらばらに行われたように見えるが、決して無関係ではない。そもそも普天間飛行場の移設と称して、沖縄本島の太平洋側の辺野古に基地を造ること自体、太平洋の時代を意識したものにほかならない。一方、中国は九州・沖縄からフィリピンにかけての防衛ラインを「第1列島線」としているが、空母がこのラインを超えたことを海上自衛隊が確認したのは初めて。わざわざ沖縄近くを通ったのは、辺野古への牽制とみるべきだろう。

 

安倍首相の「和解演説」を、米中露がジグソーパズルのように複雑に絡む太平洋の今後はどうあるべきか、との観点から考察すると、さまざまな問題点が浮かび上がる。

まず北方領土問題。日露が共同経済活動の交渉で合意したことは、ウクライナ問題でロシアに制裁をかけているG7に亀裂を入れることになるといえ、プーチン大統領の目論み通りの結果になった。それはオバマ大統領の最も忌み嫌う合意だろう。それだけに安倍首相は「本当に和解をしているのはアメリカに対してだけ」という態度をオバマ大統領に示さねばならなくなった。

真珠湾を攻撃した日本軍の空母は択捉島の単冠湾に隠れ潜んで出撃した。プーチン大統領と会談した安倍首相が、12日後に真珠湾でオバマ大統領と会談したのは歴史の皮肉というほかない。プーチン大統領は「オレとは和解する気があるのか」と、冷やかに真珠湾での安倍首相の動向を見つめていたであろう。結局、北方領土の返還という安倍首相の目標は一層遠のくことになった。

一方中国である。日中戦争を引き起こして中国を侵略した日本軍が、アメリカが求める撤兵に応じなかたことによって、太平洋戦争へと戦線が拡大した。筋論で言えば、アメリカと和解する以上、中国とも和解しなければ「和解の終着点」とはいえない。その努力をする気配もなく、アメリカと過度な和解をすることは、中国を一層硬化させることになろう。

このように分析してみると、首相のいう「和解」とは辺野古基地建設であることがわかる。同基地建設は、ロシアの北方領土軍事基地化や、中国空母の沖縄周辺海域展開という危険性をはらむものであることを指摘しておきたい。安倍首相は真珠湾での演説の中で「戦争の惨禍は、いまだ世界から消えない。憎悪が憎悪を招く連鎖はなくなろうとしない」と述べた。辺野古建設は新たな憎悪を招きかねない危ういものであることを認識していれば、とても言えるせりふではない。

戦争をした国と和解をするため、その手始めとして犠牲になった人たちの霊を慰めること自体は決して悪いことではない。問題は、それがアメリカに対してだけに行われたことである。今年は日中国交正常化45周年の節目の年である。安倍首相が真に平和を願っているならば、習近平主席とともに南京や北京・盧溝橋を訪問すべきであろう。シベリアに抑留された日本軍兵士は6万人に及んだといわれる。プーチン大統領に同行を求めてシベリアでの慰霊もしてもらいたい。

太平洋の諸問題が凝縮する日本列島。その総理大臣として求められるのは、平和への発信力とバランス感覚なのである。[:]