[:ja]現代時評《プーチン大統領の腹の底》:井上脩身[:]

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安倍晋三首相とロシアのプーチン大統領との間で15、16の両日に行われた首脳会談は、北方領土について「共同経済活動実現に向けた協議開始の合意」だけに終わった。安部首相は「平和条約締結に向けての大きな一歩」と胸を張ったが、プーチン大統領に翻弄され、何の得点もなく苦杯をなめさせられた、との印象は拭えない。
 プーチン大統領が3時間近く遅れて到着して会談が始まったことを伝える16日付の新聞は、EU加盟国がウクライナ問題に関してロシアへの経済制裁を6カ月延長する方針と伝えた。これは決して偶然ではない。プーチン大統領にとって、ウクライナからの編入を宣言したクリミア半島と北方領土はワンセットだからである。プーチン大統領が共同経済活動に応じた真の狙いは、北方領土のクリミア半島化だと私はみる。

帝政ロシア時代以来、ロシアの大きな課題の一つは不凍港の確保である。北極海に面したムルマンスクを暖流の影響で冬季も凍らない港として重要視してきたが、それ以上に黒海に面したウクライナの不凍港、セバストポリは重要な経済拠点としてきた。ボスボラス海狭を通じて地中海と直結しているからだ。ウクライナ問題はこのことと無縁ではない。プーチン大統領は14年、クリミア半島の編入を宣言したが、セバストポリ港はその先端に位置しているのだ。

一方、極東地域には日本海に面したナホトカのほか、太平洋に面した不凍港としてはペトロハバロフスク・カムチャッキーがある。しかしはるかに南に位置し、日本の首根っこに刺さるような形をなしている北方4島の方が、経済的にも軍事的にもより重要であることは誰の目にも明らかだ。北からの流氷は知床半島で妨げられるため、根室海峡が凍結することはなく、4島、とりわけ国後島は1年を通じて船舶が出入りできるのである。

プーチン大統領にとって、ウクライナのセバストポリがヨーロッパへのにらみを利かす港であるように、太平洋に面した北方領土はアメリカににらみを利かす港としての可能性を秘めた島なのである。この点を押さえておかなければ、プーチン大統領が首脳会談に臨んだ意図を読み解くことはできない。

北方4島については、1956年の「日ソ共同宣言」で「平和条約締結後、歯舞、色丹を日本に引き渡す」と明記され、同年12月に発効。日ソの国交が回復した。しかし、米ソ冷戦下、日本はアメリカとの同盟関係を重視し、「四島一括返還」の原則論を貫き続けたことなどから、ほとんど進展がないまま21世紀に入った。

「21世紀は太平洋の世紀になる」と私は考える。現に、09年に中国がGDPで日本を抜いて世界第2の経済大国に躍りだす一方でアメリカ、ヨーロッパの力が相対的に低下し始めた。プーチン大統領が強引にクリミア編入を宣言したのは、EUの結束力が弱まったことを見越してのことだ。北方領土についても同じ発想で臨んでいることはいうまでもない。「太平洋のリバランス」を打ち出したオバマ氏から、内向き姿勢を見せるトランプ氏に変わるなか、北方4島を太平洋戦略の重要拠点領土と位置付けたと思われる。

言い換えるならば、クリミア半島が飛車ならば、北方領土を角にしようということである。クリミア半島は235万の人口があり、食品、化学、機械製造、金属加工など、比較的大きな企業が291社あるという。一方北方4島には1万7000人しかいない。この4島を少しでもクリミア半島に近付けるのがプーチン大統領の北方領土政策であろう。そのためのインフラ整備に日本の資本を導入しようというのが、ロシア側の「共同経済活動」の中身である。報道によると、医療、都市整備、エネルギーなど8項目の経済協力プランについて、計80件で協力を進めることで合意した。プーチン大統領は「クリミア化への大きな一歩」とほくそ笑んだことだろう。

それにも増してプーチン大統領にとって大きな成果となったのは、冒頭に触れたように安部首相が「平和条約締結に向けた重要な一歩」と公言したことである。これによって、西側のG7にクサビを打ち込む形になったのだ。北方領土というカードを手に、太平洋の安全保障をめぐってトランプ氏とも渡り合う魂胆かもしれない。

北方領土を返してほしさに、そうまでしてプーチン大統領に譲歩を重ねた安部首相だが、では4島の一部でも返ってくるのだろうか。プーチン大統領は共同会見で「北方領土での協力が今後の平和条約交渉の雰囲気づくりを促進する」と述べた。「平和条約を締結してほしかったら、どんどん資本を投入しなさい」と言ったに過ぎない。何のことはない、「日ソ共同宣言」以前のゼロ状態に戻ったのだ。安部首相はピエロを演じたに過ぎない。

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