[:ja]現代時評《トランプ政権下の太平洋》:井上脩身[:]

[:ja]トランプ氏がアメリカの次期大統領に選ばれて1カ月がたった。選挙中、差別発言で物議を醸しだしたトランプ氏は「アメリカ第一」を唱えて保護主義を強調。オバマ大統領が進めてきたTPPについても「大統領に就任するとただちに脱退する」と表明、太平洋に関するオバマ氏のリバランス戦略を見直す方針を鮮明にした。中国が急速に台頭するなか、「オバマノー」は太平洋に荒波を引き起こす元になる、と私は不安感を覚える。日本はどうすべきなのだろう。思いのままにつづってみた。
 「21世紀はオバマ氏が大統領選に当選したときに始まる」と私は考えている。

アメリカでは1964年に公民権法が制定された後も黒人差別がまかり通り、91年、黒人男性のロドニー・キング氏がスピード違反でロサンゼルス市警に逮捕された際、約20人の白人警察官がロドニー氏に殴る、蹴るの暴行を加える事件が起きるなど、 黒人差別は根強くはびこっている。そうしたなかで、黒人が大統になったことは世界の歴史の上でも画期的なできごとであった。「前世紀ではあり得ないことが起きた」という意味で、21世紀の幕開けと私は評価した。

世界史を概観すると、ギリシャ・ローマの地中海世界に始まって、スペイン、ポルトガルがジブラルタル海峡を超えて大西洋に飛び出す。やがてイギリスが世界の覇権を握り、20世紀にはアメリカが参入。ソ連が崩壊した20世紀の終わりにはアメリカは世界を圧倒する強国になった。このように考えると、歴史の中心軸が西へ西へと動いていることがわかる。

黒人大統領の誕生によって中心軸がさらに西に動き、21世紀の少なくとも前半は太平洋の世紀になると私は予想した。実際、中国が09年にGDP5兆1210億ドルと日本を抜いて世界第2位に躍りだし、太平洋を隔てて世界1位~3位の経済大国が並び立つ形になった。

こうした観点に立てば、オバマ氏が太平洋でのアメリカの優位性を確保するために軍事的にはリバランス政策を打ち出し、経済政策としてTPPを重視したのもうなずける。

リバランス政策は日本、韓国、オーストラリアなどとの同盟関係を強化し、軍事力の効率的再編をしようというものだ。一方のTPPは、関税の壁をなくすことにより農産物の輸出や新薬の市場拡大などを図るものだ。対中国政策の一環として、ミリタリーパワーとエコノミックパワーによってチャイナパワーとのバランスを図ろうという戦略である。

トランプ政権がリバランス政策をやめ、TPPから抜け出したならば、当然のことながらオバマ氏が築こうとした太平洋のパワーバランスは崩れる。トランプ氏が「日本は自分で自分を守れ」との考えを貫く限り、アメリカ一辺倒の日本の太平洋政策は暗礁に乗り上げざるをえない。それは日米安保体制を基盤にしてきた戦後の日本の立ち位置が音を立てて崩れることでもある。

世界史の流れを変えるのは容易ではない。トランプ氏がどのような政策をとろうと、もはや太平洋の世紀から元のアメリカの世紀に戻ることはあるまい。むしろ、中心軸がさらに西に動き、東アジアが世界の中心になる可能性が強まったと言えないだろうか。そうなれば、中国の存在感が一段と高まることは必至である。

安部晋三首相はトランプ政権下でも引き続き「日米の絆」を旗印に、在日米軍駐留経費負担(思いやり予算)を増やすなどしてトランプ氏の顔色をうかがうだろう。さらに「中国に対抗するため」として防衛予算も大幅に増やすに違いない。だが、それは中国との関係を悪化させるだけである。日中間が緊張状態になると世界中を不安定にする。中心軸が東アジアにあるということは、日本も中国も世界への責任が飛躍的に大きくなるということなのだ。日中間で紛争を起こすようなことは断じて許されない。

トランプ氏が予期に反して大統領になる、という現実を直視するならば、日中間に信頼関係を築き、不測の事態を未然に防ぐ手だてをしておくことが喫緊の課題として浮かび上がる。いたずらに中国脅威をあおりたてるのでなく、あらゆるチャンネルを通じて政治、経済、文化、スポーツなど様々な面で官民一体となった友好の絆を太くすることが求められるのだ。当選して間なしのトランプ氏に大慌てで会いに行った安部首相だが、むしろ今何よも大事なことは中国の習近平主席とのルートをつくることである。首相にその認識がなければ、日本の今後は危うい。

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