[:ja]現代時評《クリントン敗北の背景》:井上脩身[:]

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アメリカの大統領選でトランプ氏が当選し、世界中に衝撃が走った。事前の世論調査などによる予想とは全く逆の結果になったことから、「大逆転」「大番狂わせ」と報道されたが、得票数からみると、トランプ氏が勝ったというより、クリントン氏が負けたという方が正しいように思われる。クリントン氏が敗れた原因を考察すると、自由と平等の国アメリカの白人社会に根強く女性差別体質がはびこっていることがうかがえる。初の女性大統領を目指したクリントン氏だったが、女性差別の壁は21世紀の今なお信じがたいほど分厚いようである。
 「メキシコ国境に壁を築く」と豪語し、反移民を主張、女性蔑視発言をするなど、選挙中に差別的暴言を繰り返したトランプ氏の得票総数は6094万票。前回の共和党候補のロムニー氏の6093万票とほとんど変わらなかった。数字だけでいえば共和党票を固めた形だ。

これに対し、民主党のクリントン氏の総得票数は6199万票。前々回のオバマ氏の6949万票に遠く及ばず、前回の同氏の6591万票と比べても400万票も少ない。この400万人のオバマ支持者が投票所に行かなかったことが、クリントン氏の敗北につながった。この400万人はクリントン氏をオバマ後継者と認めなかったといえるだろう。

2008年に立候補した当時49歳のオバマ氏が立てた戦略は、「ブラックケネディー」を前面に押し出し、「チェンジ」をキャッチフレーズにすることだった。黒人差別意識の強い白人層に「ケネディーの再来」を印象づけることに成功。初めての黒人大統領になった。再選した12年大統領選では、初当選時ほどの勢いは欠いていたが、それでもロムニー氏に500万票もの差をつけており、オバマ氏へのアメリカ国民の期待度がなお高いことを示した。

オバマ政権で国務長官を務めたクリントン氏が、「今度は私が初の女性大統領に」と意気込んだのも当然だろう。実際、イギリス、ドイツなど各国で女性の大統領や首相が生まれており、女性の宰相はもはや珍しくない。女性票を取り込めるとクリントン氏は踏んでいたに違いない。

しかし、出口調査によると、女性のうちクリントン氏に投票したのは54%で、前回のオバマ氏の55%よりも1ポイント低い(11月18日付毎日新聞)。総得票数から割り出すると、クリントン氏の女性票は3300万票。前回オバマ氏は3600万票で、300万票も少なかった計算だ。男性についてはクリントン氏41%、オバマ氏45%で、4ポイント減少。こちらも400万票の減だった。

出口調査のデータと実際の得票数とは異なるので、クリントン氏の減少数は正確ではないが、一応の参考になるだろう。投票に行かなかった400万票と併せ考えると、頼りの綱の女性票が当て外れに終わったことが読みとれる。「ガラスの天井を破る」と叫び続けたクリントン氏だったが、肝心の女性からそっぽを向かれたのだ。

アメリカは不思議な国である。余り知られていないが、合衆国憲法に「男女平等」という当たり前の規定がないのだ。

1960年代になって市民団体が性差別撤廃のための憲法修正を要求。72年になってようやく「法の下の権利の平等は、性別を理由として、合衆国または州により拒否または制限されてはならない」などを内容とする修正案が合衆国議会で採択された。アメリカでは憲法を修正するには4分の3の州での批准が必要だ。宗教団体や保守勢力が強く反対し、10年の批准期間内に批准要件を満たせなかった。期間が延長されたがなお3州の批准が足りず、男女平等修正条項が実現しないいままとなった。(辻村みよ子『比較のなかの改憲論』岩波新書)

大半の女性が「男女は平等であるべきだ」と考えていれば、いかに保守的な南部諸州でも、この修正案は批准されたはずだ。黒人の権利を認めても女性に平等の権利を認めない、と考える人が今なお決して少なくないのである。69歳のクリントン氏が「女ケネディー」と言える年齢でなかったこともマイナスに作用。FBIがクリントン氏のメール問題の捜査をする、と表明したことで、クリントン離れが決定的になった。

投票に行かなかった400万人のうちどれくらいの人が「女性は大統領になるべきでない」と考えていたかのデータはない。ただ、結果としてトランプ氏を勝利に導いたことはまぎれもない。「差別者大統領よりクリントンの方がよかった」とほぞをかんでも後の祭りだった。[:]