[:ja]現代時評プラス《ロシアはなぜアラスカを売却したのか》[:]

[:ja]最近ロシアのマスコミは盛んに領土問題に関して論陣を張っている。来月プーチン大統領が訪日して、日本側にとって最も関心のある「北方領土」に関する何らかの進展がみられるかもしれないという期待に対するロシア側の反論(?)に近いストーリーを掲載しているのではないかと思われる。

例えば「ロシアNOW」というサイトには「ロシア人はいかにアラスカを探検したか」という興味深い記事を掲載している。直接「北方領土」には言及していないが、次の点で我が国に対して警告(?)を発していると思えるのだ。

 

1)最初にアラスカに入植したのはシベリア人
2)アラスカを探検したのはロシア人の探検家たちで、帝政ロシア皇帝の指示でなされた。
3)クリミア戦争(1853~1856年)で、ロシアはアメリカにアラスカを売却した。
詳しくは同紙に掲載されているので引用したい。

海路が同盟国の船舶によって支配されていたため、ロシアはアラスカに物資を供給することもできなければ、防衛することもできないことが明確になった。 金を採掘する見通しさえもがあやうくなった。 英国がアラスカをブロックし、ロシアには何も残されなくなるという恐怖があった。ロシアとイギリスの間での緊張が悪化する中、アメリカ当局との関係はこれまでになく緊密になっていた。 両国からほぼ同時にアラスカを売却する案が提示された。そこで皇帝を代表する駐ワシントン・ロシア大使エドゥアルド・スチョクリ男爵が、アメリカのウィリアム・スワード国務長官と協議を開始した。このように直接の戦闘ではないが、アラスカはクリミア戦争の結果、アメリカに売却された。1867年3月30日、ワシントンDCで、両当事者は、150万ヘクタールにおよぶアメリカのロシア領を720万ドル、すなわち1エーカーあたり2セントというあくまで象徴的な額で ($4.74/km2) 売却する条約が調印された。 当時、生産性の低いシベリアの土地でも、国内市場では1,395倍の価格がつく可能性があったほどだ。
 だが、この象徴的な支払額さえ受け取れない可能性があるほど、ロシアが直面していた状況は深刻だったのである。

この記事を読んでロシアは何が言いたいのかなんとなくわかる。

領土は戦争で分捕ったり、取られたりするものだ。

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