現代時評《溶けだした福島原発凍土遮水壁》:井上脩身

福島第1原発の汚染水対策として設置された凍土遮水壁が、台風10号による大雨で溶け出した。地下水の流入を防ぐための切り札とされた凍土遮水壁が十分な効果を生み出せないことが明らかになったわけで、2020年の東京オリンピックまでに原子炉建屋内の汚染水処理を完了させる、という目標の達成は絶望的だ。五輪誘致に際し、「汚染水はコントロールされている」と世界に公言した安部晋三首相の責任が免れないのはいうまでもないが、現状のままでは建屋の地下130メートル地点にある巨大地下水流が汚染される恐れが出てきた。だが、深刻な事態であることの認識が東電にも政府にも薄いようである。

同原発では、周辺の山などから建屋に流入した大量の地下水が溶けた核燃料に触れ、1日に約400トンの高濃度放射性汚染水が発生しており、周囲からの流入を断つことが最優先課題となっている。東電は13年、凍土遮水壁を設置することを決定。建屋の周辺に1568本の凍結管を地下30メートルまで打ちこみ、氷点下30度の冷却液を循環させて凍結壁にする、とした。

政府はこの計画を全面的に支援し、凍土遮水壁の建設費として国費345億円を投入。国の威信をかけた形となり、東電は今年3月から凍結を開始。8月時点で海側は99パーセント、山川は91パーセント凍結した、という。しかし、5カ月がたっても汚染水の発生量はほとんど変わっておらず、原子力規制委員会の検討会ですら「遮水効果が高いとの東電の説明は破綻している」との声が出た。(9月7日付毎日新聞)

凍土遮水壁については、荻野晃也・元京都大講師(原子核工学)が14年に著した『汚染水はコントロールされていない』(第三書館)の中で、これまでの凍結工法実績を紹介。それによると、1962~2011年の50年間に国内で行われた工事は588件。その最大のものは東京・日本橋川の直下の地下鉄工事で、面積は3万7700平方メートル。今回の福島第1原発の場合、工事区間は延長1・5キロに及び、面積7万平方メートルと群抜いて過去最大規模だ。それにもかかわらず、「誰が考えてもおかしいと思うほどの速さで凍土遮水壁の決定がされた」と、拙速な決定であることを指摘。

そのうえで、①凍土遮水壁とその脇にある注水井での地下水位のコントロールに失敗すれば、建屋や配管からのさらなる汚染水の外部流失が懸念される②燃料デブリがどのような状態であるかがわからない段階で、地下水の流入を止めてドライアップ状態にすると、内部が高温になって放射性物質の新たな大放出になりかねない――などの問題点を挙げる。

凍土遮水壁が溶けだすという今回のアクシデントは、荻野氏が問題視した通り、十分な検討や研究をしないままの拙速工事によるとみられ、汚染水対策のお粗末な実態をさらけだした。オリンピック開会式までに建屋内の汚染水処理ができてなければ、安部首相の「アンダーコントロール」公言が嘘であることを世界にさらけ出すわけで、その国際的信用の失墜の度合いは計り知れない。

それにも増して重大なのは21年から開始予定の燃料デブリの取り出しが遅れることだ。この作業の前提として、溶け落ちた場所や量、形状が確認されていなければならないが、原子炉内の調査は高い放射線量に阻まれて難航している。汚染水処理が終わらなければ確認調査すら十分にできず、廃炉作業の中核である燃料デブリ取り出し作業の開始見通しが立たなくなる。このままでは廃炉作業自体がデッドロックに乗り上げかねない。

荻野氏によると、同原発の地下130メートルのところに巨大地下水流があり、沖合約10キロの地点で海に流れ込んでいるとみられる。毎日、建屋に流れこむ400トンの地下水は高濃度汚染水となって徐々に地中に潜り込む。それが巨大地下水流に達するまでに、燃料デブリを取りださなければ、太平洋が汚染される、と荻野氏は警鐘を鳴らす。

荻野氏の指摘通りだとしても、巨大地下水流に達するのは数十年先になり、東電も政府も無視の態度だ。将来への責任感があるならば、凍土遮水壁が凍らないという現実を前にして、身も心も凍る思いになり、「アンダーコントロール」を撤回するはずだ。原発問題で問われているのは将来への責任をどう果たすか、なのである。