現代時評《天皇退位「お言葉」の真意》:井上脩身

天皇陛下は8日、生前退位の意向を強くにじませた「お言葉」をビデオメッセージの形で表明した。高齢になり公務をこなすことが困難になりつつあることから、譲位の希望を示したものとして、政府は現天皇に限った特別法を制定する方向で検討を始めた。だが、「お言葉」を注意深く読むと、憲法の平和主義を体現することが象徴天皇としての務めと考えていることがわかる。国体としての天皇という明治憲法的天皇への回帰を否定したともみることができ、安部晋三首相の憲法改変路線に懸念を抱いていることがうかがえる。
 「象徴としてのお努めについての天皇陛下お言葉」(お言葉)は約1800字からなる。このなかで「即位以来、私は国事行為を行うと共に、日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を、日々模索しつつ過ごして来ました」と、象徴天皇の在り方について言及。「天皇が象徴であると共に、国民統合の象徴としての役割を果たすためには、天皇が国民に、天皇という象徴の立場への理解を求めると共に、天皇もまた、自らのありように深く心し、常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて」きたという。

そのうえで、「日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、私は天皇の象徴的行為として、大切なものと感じ」「皇后とともに行ってきたほぼ全国に及ぶ旅は、国内のどこにおいても、その地域を愛し、その共同体を地道に支える市井の人々のあることを私に認識」させたとした。

この「お言葉」の中で天皇が特に言いたかったのは、憲法に定める象徴天皇とは日本の各地を訪ね、市井の人々と接すること、という点であろう。ここでいう旅は、国体の開会式や全国植樹祭のような決まりものではなく、戦後70年の昨年4月、太平洋戦争の激戦地、パラオのペリリュー島を訪問したことにみられる戦没者の慰霊や、東日本大震災や熊本地震など大災害地への慰問などを指すのであろう。

天皇が皇太子時代に沖縄を訪れた際に火炎瓶を投げつけられたように、戦没者慰霊は「天皇の名の下に戦って散った英霊への賛美」につながる、と強い批判がある。しかし「お言葉」に市井の人々という文言があることから推測すると、天皇自身は犠牲になった国民を追悼したい、との思いなのであろう。実際、95年の戦後50年には長崎と広島を訪問。14年6月に沖縄を訪れた際は、学童疎開船「対馬丸」の犠牲者を慰霊している。

13年12月の誕生日に際しての会見で、「平和と民主主義を守るべき大切なものとして憲法をつくった」と述べていることなどからみて、天皇は憲法がうたう平和主義と民主主義を最重視しているようである。「お言葉」は、象徴としての天皇とは平和主義を体現し、民主主義の担い手である国民に寄り添うことである、と表明したといえるだろう。そこには天皇主権である国体としての天皇ではない、との強い意思が感じられる。

こうした観点に立って慰霊の旅や被災地訪問、さらにはハンセン病療養所の訪問(14年7月)も行ってきた天皇だが、この姿勢を貫くためには健康でなければならない。天皇が平和の体現者としての象徴行為が出来なくなった場合、天皇継承者にその務めを果たしてもらう、というのが今回の「お言葉」の真意とみるべきである。現天皇限りの特別法では、その意をくむことにならない。

報道によると、天皇はかなり以前から生前退位の意向だったという。ではなぜ、今年の8月8日にその表明をしたのか。6日は広島、9日は長崎に原爆が投下された日である。天皇は6日から9日にかけての4日間は、「2度と戦争を起こしてはならない」と平和への思いを新たにする期間、と捉えているのであろう。7月10日に投開票された参院選で改憲勢力が3分の2を超えたことで、国家主義的憲法に改変される危惧を覚えた、と思われる。

ところで、「お言葉」では憲法に2度触れている。憲法99条に規定されている天皇の憲法の尊重擁護義務を念頭に入れているからであろう。自民党憲法改正草案は、この尊重擁護義務規定から天皇を外している。それは天皇が憲法を超える国体としての存在と位置づけていることにほかならない。

天皇の「お言葉」は安部政権への批判であり、戦前国家に戻る雲行きに国民が鈍感であることへの焦燥でもある、と私は読みとった。