現代時評《障害者施設殺傷事件の背景》:井上脩身

相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で7月26日、同園の元職員(26)が刃物を持って侵入、入所者19人を殺し、26人に重軽傷を負わせるというかつてない残忍な事件が起きた。

殺人容疑で逮捕された元職員は、今年2月に措置入院中、「ヒトラーの思想が降りてきた」と語ったといい、障害者に対する徹底した差別観が事件の動機とみられている。容疑者が措置入院の退院の半年後に事件を起こしていることから、措置入院の在り方が問題になっているが、私は世界中に流れる「排除・排撃思想」が背景にある、とみる。米大統領候補のトランプ氏がその典型だが、弱い者、異質な民族を排斥する差別主義者によって、第2次世界大戦の反省から生まれた共生という平和理念が今、根底から崩れようとしている。

報道によると、元職員は今年2月、衆院議長宛ての手紙を持って公邸に現れた。元職員は手紙の中で、「戦争で未来ある人間が殺されるのはとても悲しく、多くの憎しみを生むが、障害者を殺すことは不幸を最大まで抑えることができる」と、障害者排撃主義を書き記し、文末に「260人を抹殺する」と犯行を予告。同市は精神保健福祉法に基づいて容疑者を措置入院させたが、その入院中、病院スタッフにヒトラー思想に言及したという。

ナチスは1939年からT4(テーフィア)作戦と名付けた安楽死作戦を展開、犠牲者は7万人以上にのぼった。41年に同作戦が中止された後も安楽死政策は継続され、犠牲者は総計15万人から20万人に達したといわれている。

ナチスはホロコーストによって600万人ともいわれる膨大な数のユダヤ人を虐殺したが、ナチスにとっては障害者もユダヤ人も「生きる価値のない者」だった。大戦後、ナチスの蛮行は否定され、民族や宗教が異なる人々の共生が平和への道であることが再認識された。国連憲章には「善良な隣人として互いに平和に生活する」ことがうたいあげられた。異なる民族の共生、宗教を異にする人々の共生、富める者と貧しい者との共生、男女の共生、そして健常者と障害者の共生は、戦後世界の基本原則である。

だが、東西冷戦構造が崩れ、新たな敵をつくる動きが出始めた。9・11後、テロが多発して難民が急増したうえ、中国の台頭などが相まって、ここ数年とみに排除・排撃主義が横行。米共和党のトランプ氏がメキシコ人の流入を止めるために「国境に壁をつくる」と公言しているのは最たるものだろう。トランプ氏のこうした排他的米国人優越観が、泡沫候補から同党の大統領候補にまで押し上げた。

一方、押し寄せるシリア難民に手を焼いているEU。ハンガリーではセルビアとの国境沿いにフェンスを張るなど、各国は難民流入制限に乗りだした。そのEUからイギリスに入国する移民が急増していることから6月に国民投票が行われ、イギリス国民はでEU離脱を選んだ。世界中の専門家の予想に反した結果だったが、裏返せば、より貧しい難民や移民を排除・排斥する動きは予想をはるかに超える激流になっていることを示しているのだ。

難民については、日本は鎖国といっても過言でない。2011年以降、63人のシリア人が難民認定を申請したが、認められたのは3人に過ぎない。韓国人・朝鮮人を罵詈雑言で差別するヘイトスピーチは、昨年5月にヘイトスピーチ禁止法が制定されて鎮静化したが、朝鮮併合が侵略であることを否定する歴史修正主義が大手を振っており、朝鮮民族への差別観が頭をもたげつつある。

こうした中、安部晋三首相は「一億総活躍社会」を掲げている。「難病の人も障害のある人も包摂されて活躍できる社会の実現を目指す」というのだ。活躍といえば聞こえはいいが、この言葉の裏に「活躍できる者」と「活躍できない者」を峻別していることを見逃してはならない。パラリンピックに出場できるような「活躍できる障害者」と、そうでない障害者とを分ける二重差別が潜んでいるのである。

どのようなに重度の障害者も感情をもっている。その表現を思うようにできない人であっても、そこに人としての尊厳がある。問われているのは、差別される側に立った共生社会をどう築くかである。