不条理ショートストーリー 13-1:作:白石阿光

「天上音楽は安住の地を天上に求めて漂白す」

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島は長雨の季節に入っていた。

少年は、ポツリポツリと滴る竹藪の中に身を屈め、周りをゆっくりと、そしてじっと見回した。枯れた笹がこんもりと盛り上がった何地点かを確認した少年は、右手を伸ばしたかと思うと素早く、そして確実に獲物を手にした。左手に引きずっている段袋は、タケノコの頭が口のところまで顔を見せていた。実際、タケノコの頭だの顔だのと言ってられないくらいの過密さで、段袋の横からも細いとんがり帽子があらゆる方向に突きだしていた。段袋に手にしたタケノコを突っ込んで、顔を戻すと、アップキ(ロンコ)と目が合った。少年は、むんずと鷲掴みにしてポケットに入れた。


少年は右手で目を覆い、左手で段袋を引きずりながら、竹藪からがさごそと這いずり出た。竹藪の中では竹で目を突く恐れがあることを少年は教わることもなく知っていた。

竹藪から出ると少年は駆けた。山から闇が追いかけてきていた。雨のカーテンが山を駆け降りてくる。少年は駆けた。だが、タケノコでいっぱいの段袋を背に担ぎながら、柔らかいといえ尖ったタケノコに背を突っつかれながらの早足には限界があった。あっという間に少年は闇に包まれ、滝のような雨に打たれた。

少年は駆けるのをやめ、歩き始めた。角を出したパンパンの段袋を担ぎなおし、胸を張ってゆっくりと歩いた。それは勇者の姿であった。

アップキがポケットから飛び出ても見向きもしなかった。

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父は、親戚の家の縁側にあぐらをかき、道行く人を見守っていた。そこは、投票所となった公民館に続く道だった。

父は、村民が通るたびに手帳に丸かバツを書いた。この日は、村議会議員選挙の投票日当日であった。

集落からは二人が立候補していた。うまく票を分ければ二人とも当選するだけの票が集落にはあった。だが、少しでも偏れば一人しか当選できない。立候補した二人は村長選挙で村長派と反村長派に別れて争っており、票割りが必ずしもうまくいっているわけではなかった。

また、集落外に票が流れれば共倒れになる恐れもなくはなかった。実際、従来の村の慣習に従わない新興宗教が少しずつではあるが浸透してきつつあった。

その日、父は長年寝たきりの叔母をおぶって投票所に行った。その叔母の票も含め、投票に行く人、帰る人の顔を見みながらの票読みはかろうじて当選するほどの数が見込まれた。

結果はまさかの落選であった。しかも1票差の次点。もう一人の候補者は下位ではあったが当選した。

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「あり得ない」。信じられない思いの中で、道行く人の顔を思い浮かべた。裏切ったのは誰だ。あいつか、こいつか、それとも…………。叔母の票は、自分が代理署名したのだから確かに自分の票だ。自分の票も自分のものだからこの2票は確かだ。では他の兄弟は? 母親は? 妻は? --疑い始めたらきりはないが、たった1票差だったのだから、もっとも遠い縁の人間の投票を読み違えただけで十分あり得ることではあった。ただ

これまで一度としてあったことはなかったことだけは確かなことだった。

思い返せば、議員だったこの4年間、家業もおろそかにして集落のために働いてきた。集落で管理する山林の払い下げ、納税率の引き上げ、健康診断の実施や学校給食の導入、農道の整備や耕地整理、集団テレビアンテナの建設や電話敷設、上水道の整備など成果を挙げればきりがない。

それらのどれ一つとってみても、他の議員と比べてひけをとるものではないと思われる。

選挙運動はどうだったのだろう。それもいつもの通り、親類縁者を中心に決め細かな票集めを行った。「もっと押さなきゃだめ。あんたは人がよすぎる」と言われるから、自分が担当したグループから脱落者がいたのかもしれない。もっと集落外からの票集めをしぶとくやるべきだったのかもしれなかった。

しかし、議員でなければやれなかった仕事がどのくらいあるのだろうか。

若くして父親を亡くしてから弟妹を育て、結婚してから5人の子供を育てた。まだ一番下の子供は高校生だ。

地域のことを思い、樟脳工場を起こして人を雇い、製材所も経営して産業振興に尽くした。地域の子供たちの栄養状態をよくしようと、肉屋をやり、食堂をやり、子供たちの笑顔が見たくてアイスキャンデーも回転焼きも売った。地域住民の暮らしを豊かにしようと売り掛けが多い衣料店を続け、シイタケ栽培に挑戦したりもした。

学校のPTA役員もやり、中学校の統合問題では地権者と村との仲介もした。農協の借金に苦しむ人の相談にも乗った。それらのすべてがうまく行ったわけではないが、善意でやっていることだけは誰にでも伝わっているはずだ。でも、選挙に落ちた。

考えてみれば、議員になって増えたのは、根回しと多数派工作だ。そんなことが地域のためになるのかどうか、疑問だ。みんなのためになることは議員でなくてもできることばかりではないか。

落ちてよかったかもしれない。これからは借金を減らすこともできるだろう。

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選挙は終わった。まもなくして、父は肺癌に侵され、52歳にして大学生2人と高校生1人を残して死んだ。

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父の葬式は、土葬でした。墓場の入り口で読経が、暗い陰を落としているあこうの木の枝々を震わし、兄が挨拶をし、人々が「アヨー、なんでいい人が先に逝くのかね」と泣き叫ぶなかで、私は泣きませんでした。

死ぬのは馬鹿だ。泣けば敗けだ。泣くやつは馬鹿だ。死んだら終わりだ。泣いたら終わりだ。死んだら敗けだ。

訳のわからぬ言葉が私の頭の中を駆けずり回っていました。

(明日に続く)