現代時評《天皇の生前退位と憲法》井上脩身

天皇が生前退位する意向であることを、今月13日にNHKが報じ、翌日朝刊で新聞各紙が後追いした。天皇は近く報道陣の前で、その思いを述べるという。安倍晋三首相は表向き「政治的に直接介入することではない」としている。しかし、「生前退位」を認めるには皇室典範を変える必要があり、改憲派がこれを憲法改変の好機ととらえる可能性は高い。自民党の天皇観は戦前の「国体護持」である。右派政治家は「高齢の天皇に多忙な公務は気の毒」との同情論に乗じて天皇国家に変えようと動き出すのでは、と私は恐れる。
 NHKニュースウェッブによると、NHKの報道の概略は以下の通りである。
天皇陛下は82歳と高齢になった今も、憲法に規定された国事行為をはじめ、数多くの公務を続けている。そうしたなか、天皇の位を生前に皇太子さまに譲る「生前退位」の意向を宮内庁の関係者に示していることがわかった。この意向は皇太子さま、秋篠宮さまも受け入れているという。天皇は数年内の譲位を望んでおり、天皇自身が広く内外に気持ちを表す方向で調整が進められている。「皇室典範」に天皇退位の規定はなく、皇室典範改正などを含む国民的議論につながるとみられる。
このニュースのポイントは①天皇譲位の意向は、次に天皇になる皇太子も受け入れている②その意向を広く国内外に示す③退位問題は皇室典範改正などの国民的議論につながる――の3点である。なかでも注意を要するのは③の皇室典範改正などの国民的議論の展開であろう。
現行の皇室典範は1947年に施行されたもので、即位については「天皇が崩じたときは、皇嗣が直ちに即位する」(第4条)と定めている。生前に譲位するためには、NHKの報道にもあるように、皇室典範の改正が必要である。その際、国民的議論につながるとNHKはいうが、そのような議論になることを宮内庁、もしくは政権幹部が期待しているとみるべきだろう。では彼らが期待する国民的議論とは何であろうか。
参院選で改憲勢力が国会の3分の2を超え、「憲法改正」の発議がいつでもできるようになった。安倍首相は、9条破壊という真意を隠してまずは可能なものから変える方針だ。そこで、自民党は大災害が起きたときのための「緊急事態」条項を加えるとの作戦をとっているが、ここにきて、天皇の「生前退位」意向である。天皇の在り方の「国民的議論」を通して、憲法の天皇条項の改変を具体化させるだろうと私は予想する。
自民党が2012年に公表した『自民党憲法改正草案』は、前文の冒頭に「日本国は国民統合の象徴である天皇を戴く国家」と記述、天皇中心国家であるとうたいあげている。現憲法の前文が、国民主権と平和の国への決意を表したこととは正反対で、むしろ、「皇祖皇宗ノ遺訓ヲ明徴ニシテ典憲ヲ成立」させた大日本憲法(明治憲法)の精神に近い。
この前文に立って「天皇は日本国の元首」(第1条)であって、「天皇の国事行為には内閣の進言を必要とし」(第6条4項)、「天皇は、国、地方自治体、その他の公共団体が主催する式典への出席その他の公的な行為を行う」(同5項)とする。併せて「国旗は日章旗とし、国家は君が代とする」、(第3条)、「日本国民は、国旗、国歌を尊重しなければならない」(同条2項)とし、国旗・国歌を天皇崇拝の具体的用途であることを示している。
現憲法に元首の規定はなく、元首が天皇か首相かは憲法学者の間でも議論は分かれている。天皇は「国事行為をしない」(第5条)にもかかわらず、「元首」と明示することは、天皇の権能を明治憲法並みに引き上げよう、との意思の現れ、とみるべきだろう。前文や国旗、国歌条項と併せ考えれば、戦前の天皇主体国家への回帰が狙いであることはまぎれもない。
天皇の「生前退位」の意向が公然となり、皇室典範改正の必要が叫ばれるなか、水面下で「天皇国家憲法」に向けての動きが加速すると思われる。安倍首相をはじめ歴史修正主義者である右派政治家のこれまでの発言や行動をみれば、それが単なる憶測でないことは明らかであろう。