現代時評《英国国民投票の教訓》:井上脩身

欧州連合(EU)からの離脱を問う英国の国民投票で、予想に反して離脱派が勝利したことについて、いわゆる識者の多くは、「EUが嫌」との感情によって投票した結果、とテレビの報道番組などで解説している。イギリス人は軽薄者ばかりと言わんばかりの寸評もネット上にまかり通っている。実際、離脱派勝利のニュースで、世界が同時株安になるなど、政治・経済界に衝撃を与え、キャメロン英国首相は辞任を表明した。では、離脱に投票した人が間違っていたのだろうか。それが間違いであるならば、国民投票をする必要はなかったはずだ。国のありようを問う国民投票が二者択一の単純過半数方式でよいのか。これを機に考え直すべきだろう。
 国民投票に向けて、離脱派は、EU域内から移民が押し寄せて職が奪われ、医療や教育などの公共サービスが圧迫されていると主張。「EUから政策権限を取り戻そう」と呼び掛けた。一方残留派はEUの単一市場から外れれば経済が深刻な打撃を受ける」と訴えた。(6月25日付「毎日新聞」)

国民投票の結果は、「離脱」が1741万742票(51・89%)、「残留」が1614万1241票(48・11%)と、わずかな差でEUからの離脱に決まった。

英国は73年、EUの前身である「欧州共同体」(EC)に加盟した。75年、ECから離脱するかの国民投票が行われ、残留に決定。93年に欧州を単一市場とするEUが発足後も加盟国であり続けた。現在、EUには28カ国が加盟、人口5億円、域内総生産は13兆9205ユーロ(2014年)と、全世界の2割を占める。ギリシャ危機でも分裂を避けてきたEUだが、「大英帝国」という過去の栄光へのプライドに足をすくわれた形だ。

だが、いかにプライドが高かろうと、またヨーロッパ各国とは海峡で隔てられているという地理的要因があろうと、政治的、経済的、軍事的に欧州の最も有力な国である事実はまぎれもない。今後も、欧州とのかかわりの中で国づくりを進めざるを得ない。その意味では、EUから離脱するかどうかは、今後の国の在り方を、ひいては国民の暮らしぶりをも左右する極めて重要な分岐点である。このような重大事を安易に国民投票で決めてもよいのか、国民投票をするならどのような方式がふさわしいかをまず熟慮すべきだった。

投票結果が出た後、ネット上で「EUとは何か」を検索する人が多いと、よく考えずに投票した人をやゆする報道がなされた。だが、国民のほとんどはEUの研究家では毛頭なく、EUについての本を1冊でも読んだ人はわずかだろう。多くの庶民の目に映るのはEUの国から渡って来た移民なのだ。その結果、離脱すべきかどうかは、EUという抽象的な問題でなく、移民という現実の問題として判断することになる。それ自体、何ら不思議でない。

離脱派は「移民によって職が失われる」と訴えた。もし、移民の人に救助や手助けをしてもらったことがあればどうだろう。あるいは自分たちの祖先のなかに、移民としてアメリカに渡ったとの歴史を知っていたらどうだろう。移民の人たちとのコミュニティーができている町になっていればどうだろう。判断は変わるに違いない。

多くの場合、民意はあやふやで、かつ揺れ動きやすいものだ。今回の国民投票のなかに、「離脱か留任か、しばらく様子を見る」という設問が入っていれば、かなりの人はこの様子見設問にマルをつけただろう。離脱が50%を超えることは絶対になかった。

国民投票自体は決して間違いではない。独裁者や一党独裁議会の住民抑圧政策にノーを突きつける有力な武器であり得るからだ。だが、今回のような、国のありようを決める問題にイエス、ノーの二者択一は、国を二分してしまっただけだ。このまま離脱しても、ほとんど半数の留任派は納得せず、両者に深い溝ができるだけだ。先述のように設問を三択以上にするか、3分の2以上の賛成を要する、としておけば内部分裂を避けることができた。

 我が国では憲法改正手続きとして、国民投票における過半数の賛成、を要件としている(第96条)。その設問方式についての規定はない。変えることに「賛成」「反対」に加えて、「時期尚早」を入れたうえで、過半数を求めるべきだろう。少なくとも憲法の大原則である国民主権、基本的人権の尊重、平和主義に関する改変には「3択方式」をとることが絶対に必要だ。

 英国国民投票は安易な憲法改変国民投票をしてはならない、と教えている。