不条理ショートストーリー011《「ときのながれにながされて、かりのすみかもおぼつかず」》:白石阿光

 

 

怖れよ!

鳥よ怖れよ 人を怖れよ

猿よ怖れよ 人を怖れよ

人よ 人を怖れよ

山を怖れよ 海を怖れよ

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少年3人は必死だった。太った少年が櫓にしがみつき、大人の操船を頭に浮かべながら前に後ろに櫓をこねるが、櫓はすぐに支えから外れた。波は立っていなかったが、潮は確実に外洋に向かっていた。そこには黒潮が待ち構えていた。
 少年3人は、夏休みのある日、湾に繋がれていた小さな漁船の上で遊んでいた。あまりに夢中だったので、モヤイが解かれたのにも気がつかなかった。気がついたら船は静かに狭い水路を流されていた。

少年3人は、それほどあわてなかった。3人とももっと小さいときから海には慣れている。潜っては貝を採り、台風の前には筏で高波に乗った。海は友だち、海は母であった。だから海に飛び込めば簡単に岩場まで泳げる。いや、その水路なら船から岩場へ飛び降りることさえできた。

船はずっと流されていた。3人は突然、不思議な不気味さに襲われた。彼らは引き潮の力を知っていた。

腹を据えて、太った少年が櫓の穴を船のともに突き出した支えに刺して引いた。ガタッと音がして櫓は外れた。またはめて押した。ガタンと音がして外れた。その繰り返しだった。その度に櫓は外れたが、少年はやめなかった。

あとの二人は息を飲んで太った少年を見守った。なかなかうまく行かなかった。だが、3人はやめなかった。そうだ、いま3人は一人になって櫓をこごうとしていた。3人のただの一人も、海に飛び込んだり、岩に飛び移ろうとはしなかった。おそらく考えもしなかっただろう。それは船を置いてきぼりにしていけなかったからである。

船は大事な生活の道具だ。この船の持ち主の顔が浮かぶ。船を流したと知ったら烈火のごとく怒るだろう。いや、息子が死んだときのように嘆き悲しむかもしれない。それは引き潮の恐怖よりもずっと怖いことだった。もしかしたら少年たちは船の持ち主の背後に村の黒雲のようなずしりと重い空気を感じていたのかもしれなかった。

太った少年は次第に櫓の軽さを感じ始めていた。櫓は外れなくなって、水面下で海水をとらえるようになっていた。船は水路を戻る方向に向きを変えた。そして、ゆっくり進み始めた。少年たちは確信した。「戻れる」。すっかり海の男に成長した3人は、取り乱すことなく生還した。

このことは50年以上たった今でも、3人以外知る人はいない。いや、記憶として甦えさせられる人間はたった一人であろう。

もう船はいない。あの船のことではない。その村ではもう一隻の船も見られなくなったのだ。

太った少年は、都会の海を泳いでいる。そこにも船も櫓も櫂もない。ただ、黒潮よりもどす黒く、黒潮よりも速い“何か”が流れていることだけは確かだ。

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生老病死四苦八苦戦争政治集団個人音楽美術芸術感動感銘共感連帯意識知徳体美知慧思い満足達成充足礼節尊敬畏敬自然継承連続歴史進化差別区別自我多様寛容許容認識退化共同共助公助自助努力強調反発限界恐怖嫉妬嫌悪暴力発達成長飛躍自在自由変化不満自信不安反省後悔希望絶望終末消滅復帰復活無限精神楽天悲観享楽三昧笑味笑顔言語道断横断歩道五里霧中呆然自若盛者必衰会者定離精神安定権力腐敗慈悲慈愛思遣鬼撹乱御互様

 

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オラハシンジマッタダ~ーー昔、そういう歌が流行ったそうです。人は長~い階段を昇って行きました。

「あれは嘘ですよね。人がわざわざ自分からあの世に行くわけ、ないじゃないですか」

「あ~た、あ~たね。いまあ~たがおっしゃった“あの世”って、あの世の人たちが“あの世”って言っているあの世ですか」

「え~ッ、なんですか?」

「いえ、だからね。あ~たがいま言ったあの世って、あの世の人たちが言うあの世ですか」

「みんなが言っているあの世ですが」

「わからない人だな。あ~たはいま、この世にいるんですよ。あの世に行く、ではなく、この世に来た、じゃあないんですか」

「え? え~ッ! え? え?  え~ッ! え~? えッ… え、え、え…」

「ずいぶんとえが長いね」

「柄が長い方が汲みやすい」

「なんのこっちゃ」

「するとなんですか。あなたはあの世、いや、この世の人」

「そうでしょ、あ~たは私と話しているんですから、あ~たもこの世の人」

「嘘でしょ。第一、私は階段なんか登ってきてませんよ」

「あ、そう。じゃあ、途中で閻魔様に足を引っ張られたのかもしれませんね」

「でも、あの世に行くと、いや、この世に来ると…ややこしいな。みんな神や仏になると言うじゃありませんか。あなたは私を“人”って呼んでますよね」

「往生際の悪い人だな。いや、往生してんのか。いや、この人はまだ往生してない…」

「何をぶつぶつ言ってるんですか!」

「神や仏って、あの世の人たちが勝手に言ってるんで、実際にいるかどうかわからないんですよ。だからね、人でも神、仏でもなんでもいいんです」

「じゃあ、さっき言った閻魔様は?」

「ああ、あれは力の強い人たちが月番で交代制でやってます」

「え~、そうなんですか。でも怖いんですよね」

「そんなことはありません。マーシャル語でエンマとは“いい”ということです。この世とあの世が別れる前からあった言葉なのです」

「勉強になります」

「閻魔様は、階段を上りたくないと苦しんでいる人を助けて往生させてくれるのです」

「閻魔様も大変でしょうね。往生しますね」

「?…」

 

「おじいちゃん! おばあちゃん! ご飯ですよ」

「は~い」「ハ~イ」

「あら、今日は二人ともはっきりしてんのね。ご飯が終わったらお薬を飲みましょうね。間違えないようにね」

手にしているノートの表紙で、キラリと「閻魔帖」という言葉が光り、そして消えた。

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「豆腐の角に頭をぶつけて死んでおしまい!」

大晦日になっても借金を返せない男は、おかみさんに言われて一生懸命考えました。どうやったら豆腐の角に頭をぶつけて死ねるだろうか、と。最大の問題は、豆腐を買うお金さえないことでした。豆腐屋の前を行ったり来たり。ときどきは井戸を覗き込んだりして考えていました。

豆腐屋は昔、大関にまでなったという元相撲取りでした。店の前を行ったり来たりしている暗い表情の男に気がついていましたが、そのうちいなくなるだろうと豆腐作りの作業を続けていました。

男が店に入ってきました。そしてか細い声で「豆腐の角をください」と言いました。

「え? 何?」ーー元大関の豆腐屋が聞きました。「豆腐の角です。トーフのカド」ーー男が声を振り絞るように答えました。

「豆腐の角をどうするんです?」

「死ぬんです」

「なに?」

「頭にぶつけて死ぬんです」

「そりゃあ、危ねえや。うちの豆腐は石より硬いって評判なんだ。頭をぶつけりゃ、脳みそにまで食い込んじまうぜ」

「それは好都合」

「冗談じゃあない」

奥から豆腐屋のおかみさんが声を聞きつけて出てきました。男の顔を見るなりびっくり。「まあ、金ちゃん!」――すっとんきょうな声を出してしまいました。

「そういうお前は?」

「品川の……」「あ! お前は!」

そうです。品川の海に一緒に飛び込もうとして、一人だけ逃げ出した女郎です。

「坊主になった女郎というので馬鹿にされていられなくなり、転々としたあと、昔世話になった千早姉さんのあとを追ってここまで来たの」

「いまじゃあ、わしの女房でごんす」

「金を貸してくれ! いや、金を貸してください」

「わしの女房に何をする!」

女につかみかからんばかりにすがる男の胸を、元大関の豆腐屋が力任せに突き飛ばしたからたまらない。男は、宙を飛んで井戸のそばへ。恨めしそうに豆腐屋夫婦をにらんだかと思うと、井戸へ飛び込んでしまいました。

 

男はまっ逆さまに落ちた。ずっと、どこまでも。どこかで何かにぶつかって、木っ端微塵に飛び散るはずだった。だが、どこまでもいつまでもまっ逆さまに落ち続けた。

いつの間にか男は霧の中にいました。誰かがいる。そこには骨と皮だけの老人が葛のように曲がった頼りない杖にすがって立っていました。

「あなたは?」「死神じゃ」

「貧乏神に取りつかれたと思ったら今度は死神か。でもやさしい人みたい」

「人じゃあない、神様だ」

「私はどうしてここにいるんでしょう」

「お前はここがどこかわかってんのか」

「いえ。どこです」

「地獄の三丁目だ」

「え? おれは死んだの?」

「誰かがお前のローソクを接いだみたいだな。かわいそうに元の世界に逆戻りだ」

見ると、死神の後ろに明々と燃えている炎が見えました。燃え上がる炎の先からは、次から次へと四角い紙が舞い上がっています。紙幣だ! あれほど欲しかったお金が舞い上がっては次々と足下に落ちてきました。

男は心が舞い上がった。「お金だ! お金だ!」

「持っていくがよい。いくらでも持っていくがよい。地獄の沙汰も金次第。死者にお金を持たせようとあの世で燃やしているようだが、はっきり言って迷惑なのじゃ。この世ではなんの役にも立たん。ゴミが増えてしようがないから持って帰れ」

男は紙幣を丸めて大きな団子を作りました。その姿はまるでフンコロガシそのものでした。

男は元の世界に帰ってきた。確かにそこは元の世界だった。

だが、家にはKAE帰RITらAIらkaeなかrenaiった。Kaeritakunai…。そうなのです。かえrかえらnかえらなkかえらなかtかえらなかっt帰らなかった。

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