現代時評《「核兵器禁止せず」の閣議決定》:井上脩身

政府は1日の閣議で、「憲法9条は核兵器の保有、使用を禁止していない」との答弁書を決定した。安倍晋三首相の防衛・外交政策がアーミテージレポートを下敷きにしていることは、本稿で再三にわたって指摘してきたが、同レポートに従って核保有についても積極的な姿勢であることが明らかになった。ところがこの閣議決定をマスコミは無視、または軽視した。安倍首相の底意が見抜けなかったのであろうか。「温室ジャーナリズム」というほかない。
 私(筆者)は3日のTBSの「サンデーモーニング」で閣議決定を知った。1面級ニュース、と思った。しかし、そのような新聞記事を見た覚えはなかった。2日付毎日新聞を繰ってみると、中面に「法理論上、核保有禁止されていない」の見出しでわずか8行の雑報扱い。同日付朝日新聞は中面に「9条は核兵器禁止せず」の2段見出し。読売新聞と産経新聞は掲載すらしていない。

朝日の記事によると、民進党の逢坂誠二氏と無所属の鈴木貴子氏の質問主意書に答えた。答弁書では、憲法9条の解釈として「自衛のための必要最小限度の実力を保持することは禁止されておらず、核兵器であっても、仮にそのような限度にとどまるものがあるとすれば、必ずしも憲法の禁止するところではない」としたうえで「憲法9条は一切の核兵器の保有および使用を禁止しているわけではない」と結論付けた。併せて「非核三原則により、政策上の方針として一切の核兵器を保有しないという原則を堅持している」との見解も示した。

核兵器の保有問題については1978年、福田赳夫首相が国会答弁で「憲法9条の解釈として必要最小限の自衛のためなら持ち得るが、非核三原則を国是としている」と述べている。毎日が閣議決定を軽視、読売と産経が無視したのは、「従来通りの方針を示したに過ぎない」と判断したからであろう。

はたして「従来通り」なのだろうか。

以前、本稿で取り上げたが、2000年にアーミテージ元米国務副長官は「米国と日本 成熟したパートナーシップに向けての前進」と題するレポートで、「集団的自衛権の行使禁止の撤回」を日本に求めた。その中で、日米同盟について「米英間の特別な関係がモデル」として、米英間のような関係になるよう要望した。米英関係というのは、イギリスがアメリカから提供された核ミサイルで核戦略を立てていることを指す。

さらに12年のレポートでは、これを具体化させる形で軍事面の技術協力と共同研究開発を提言した。ここでは核兵器という言葉は使われていないが、核大国のアメリカとの共同研究である以上、核兵器も視野に入れての要望、とみるのが自然だろう。

安倍首相はこれまで同レポートの提言を受けて、武器輸出三原則の緩和、特定秘密保護法の制定、原発再稼働、集団的自衛権行使のための法制整備などを進め、憲法改定についても今夏の参院選で大勝すれば実行に移す構えだ。残るのは核開発研究に向けての非核三原則の骨抜きである。

私は誰か(恐らく麻生副総理)に失言の形で「核の保有も必要」と言わせ、慌てて「非核三原則は変えない」と安倍首相が火消しをする形をとるだろうと思った。しかし私の見通しは全く甘かった。いきなり閣議で「憲法は核保有を禁止されていない」としたのである。狙いが「中国、北朝鮮に対抗するために核武装が必要」との雰囲気づくりであることは言うまでもない。

安倍首相はまず「核開発研究は非核三原則に該当しない」として、いずれかの時期にアメリカとの共同核開発研究に踏み出したうえで、核の持ち込み禁止の要件緩和など、非核三原則の骨抜き化を図る、と私は予想している。

時あたかも集団的自衛権を行使し得る安保法が施行されたばかりである。今回の閣議決定は従来通りでは決してないのだ。安倍政権の戦争への暴走を食い止めるのがジャーナリズムに課せられた最大の責務であろう。その根本精神を失っているのではないか。背筋が寒くなる。