Short story 07「無ストレス社会への絶望的渇望による情況展望」:白石阿光

※通勤電車で書いたの通勤電車で読んでください(白石阿光)。

B子:世の中、健康ブームですね。
A介:そやね。いろんな健康法があるらしいわ。
B:健康かどうかのバロメーターを教えましょ。あなたは寝付きがいいですか。
A:いいんですわ。布団に入るとコロン。バタンキュー。
B:はい、さいなら。
A:なんのこっちゃ。私はね、ふかふかの布団に入ると、幸せ一杯。神様、このまま目が覚めなくてもいいです。
B:なみあぶだぶつ。
A:そんなにしてまで、私を殺す気?
B:大丈夫です。目を覚まさせましょう、私の熱いキスで。
A:あべこべやがな、白雪姫!
B:そんでええねん。そうして王子様と白雪姫は結ばれました。めでたし、めでたし。
A:よかったな。それでこのお話は終わりや。ハッピーエンド。
B:やがて二人の間に亀裂が入り、別れました。
A:続くんかいな。何でや。
B:小姑がいたでしょ。七人の小人。これがうるさい。
A:そっちか。
B:不倫はダメです。不倫は許さん。お姫様を裏切ったら、SNSで発散するぞーーって毎日代わり番子に王子様の耳元で囁き続けるもんやから、王子様もいやんなっちゃった。それでお城も家来も全部白雪姫にやって、旅に出ました。
A:あっさりしてるんやね。
B:さあ、このあと、この物語は、王子様のお話になるでしょうか。白雪姫のお話になるでしょうか?
A:王子様の冒険譚かな、いや白雪姫の苦労話か。やっぱり、王子様や!
B:いいえ、この話はこれでおしまいです。

――王子様は自由気ままに放浪し、白雪姫は小人に囲まれて幸せにくらしたとさ。

(ジャンジャン)

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その時代は後世になって“ストレス時代”と呼ばれた。それほどストレスがひどかったのだ。社会が消滅しかかったほどのストレスとはどういうものだったのだろうか。

 

整形外科医A:ああ、これはひどい肩凝りですね。

患者P:原因は何ですか。

A:思い当たることはありますか。

P:ないです。

A:原因はストレスです。

 

内科医B:胃がしくしく痛むんですか。

患者P:そうなんです。何が悪かったんでしょうか。

B:ストレスです。

P:ときどき、胸が締め付けられるように苦しいんですが。

B:ストレスでしょう。

 

患者P:物忘れがひどく、ふと自分がどこにいるかわからなくなります。朝ごはんを二度食べたり、風呂に二、三度入ったり、トイレでお尻を吹かないで出てきたりするんです。

認知症専門医師C:典型的な認知症ですね。ストレスが進行を早めたのでしょう。

P:先生、治るでしょうか。

C:薬や作業療法で軽くなりますよ。でもストレスの分は残るでしょうねえ。

 

ストレス科医師D:全身性ストレス複合症候群ですね。なかなかやっかいな病気です。

患者P:先生、何とかなるでしょうか。

D:なりません。

P:どうしてですか。

D:あなたの場合、社会真因性ですから、この社会がよくならなければ治りません。

 

1年が経過しました。

 

ストレス科医師D:おや、久しぶりですね。あのあと、どうでした?

患者P:病院に通わなくなったら、ストレスが消えてよくなりました。

D:治ったのに、なぜ当院に?

P:実は、まわりがストレス人間ばかりの職場で、一人だけストレスがないというのはおかしい、仕事に対する責任感がないのではないか、ノルマが軽すぎるのではないか、などと思われ、たくさんの仕事を与えられたのですが、どうせできもしないほどの仕事だから適当にやってればいいさ、と思うので、ストレス度はゼロのまま上がらないのです。

ノルマをこなさないので給料は減るし、政府からのストレス手当ても打ち切られてしまいました。生活がたち行かなくなったので、入院してストレスを溜めたいと思います。

 

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世界は極端な人口収縮期が続いていた。人口爆発が地球を破滅に導くと心配した時代はいつのころだっただろうか、今となっては懐かしく思い出される。近年は、年に1億人減というペースで人口が減り、街で子どもの姿を見ることはなくなった。

 

「このままでは私たちの社会がなくなってしまう」

「なぜ、子どもたちがいなくなったんだ」

専門家が答える。

「ストレスです。」

「出産世代のストレスが強すぎて、くたくたです。精子も元気がなくなっています」

「元気な奴はいないのか」

「元気があるのは政治家だけです。それと超ストレス社会を生き延びた80代でしょうか」

「じゃあ、政治家と年寄りの精子を使うか」

「何を馬鹿なことを。それじゃあ性事家になっちゃうじゃないですか。実は、一つだけ方法があります。社会からストレスをなくすのは無理です。そこで、私たちは、直接精子のストレスをなくす画期的な方法を考えました」

「それを早く言え。本当にできるのか」

「予算をつけていただければ」

「そんなまだるっこしいことをやってられるか。じゃぶじゃぶ使える国家危機対策機密費を回そう」

 

やがて、国家プロジェクトによって精子活力剤が完成した。コードネームは“タサン”。最初にできた薬は、各地の精子凍結保存センターに運び込まれた。やがて、塗り薬タサンパスや飲み薬ノムタサンが開発された。トナカイ印の注射液タサンタサンも出た。増産に増産を重ねた結果、ほとんどの若者に精子活力剤が行き渡った。

 

ヒトの発生は、卵子の受精に始まる。一度に約1億匹の精子が卵子を目指して鞭毛をくゆらして泳ぎ、たった1匹の精子が卵子と合体するのだ。精子活力剤で、ストレスバテのためレース途中で脱落していた精子が活気を取り戻した。卵子を目指して1億匹の精子が競う光景は圧巻で、群れをなして川をのぼるシラスウナギをはるかに凌駕していた。

 

「どうだ。タサン効果は?」

「まだ有意な結果が出てきません」

「どうしてだ! どうしてなんだ」

「精子は元気になったんですが、卵子のストレスが残ったままです」

「それを片手落ちと言うんだよ。なぜ最初から両方やらないんだ」

「では、さっそく取りかかります」

 

精子は、男性がどんどん新しく作ることができるが、卵子はそうはいかない。女性は、生まれる時に卵子の元となる原始卵胞を卵巣に約200万個蓄えており、原始卵胞は減ることはあっても新しく作ることはできないのだ。出産できるようになるころには 2、30万個とになり、この細胞が卵子になって受精すれば妊娠-出産へと進むことになる。

 

「精子活力剤から卵子活力剤を作るのにどのくらいの費用と時間がかかるのかね」

「わかりません」

「なぜだ」

「原始卵胞は、ヒトと同じ年齢ですから、ご主人様である女性と同じストレスを蓄積しているのです。しかも、ご主人様は酒やショッピングでストレスを発散できても、原始卵胞は逆にそれがさらなるストレスになったりしますから、精子とは比較にならないほどストレス疲れしているのです。精子活力剤程度では治りません」

「それは深刻だ。陣容を拡大して、国家戦略として全力で取り組もう」

 

政府は、軍事費を大幅に削って研究開発費を調達した。幸か不幸か、子どもが減ったために使えなかった児童手当や出産補助費の分を回すこともできた。

今度のコードネームは“ダサン”と決まった。

 

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B子:健康かどうかのバロメーターを教えましょ。あなたは寝付きがいいそうですね。

A介:はい。

B:そういう人は不健康です。

A:なんでや。健康やろ。

B:いえ。ところがそうでないんです。問題はストレスです。あなたは、昼間の苦しさから逃れようとして眠っていませんか?

A:そういえば、嫌なことを忘れたいと思うてます。

B:それでは何も解決していないのです。あなたの体のなかの60兆個の細胞の一つひとつに貯まったストレスを発散させなくてはいけません。

A:どうすんのや。

B:寝てください。

A:だから寝てますがな。

B:60兆個の細胞が全部寝なければダメです。私がいい薬をあげます。あなたはリンゴを食べるだけです。

A:どこかで聞いたような……。で、いつ起きんねん。

B:私がキスをしたときです。

 

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かつての人口収縮期を脱して、世界は安定期を迎えていた。出産数の管理は世界連邦が統括するようになったので、地域格差も解消された。精子と卵子のストレスが解消されると人間のストレスも減少し、精活卵活社会推進法や三世代同居助成法、いたわりあい共同体地域振興法、心痛用語使用禁止法などによって生活も安定したので、無ストレス社会が実現した。

すべてがうまくいっているようだった。

 

ただ、病院は患者であふれかえっていた。そのなかに通院仲間と世間話をしている患者Pの姿もあった。

「この頃、暮らし向きはどうかね」

「どうかねって。知っての通り、世の中からストレスがなくなってからというもの、人間から意欲というものがなくなり、金持ちも偉人もいなくなっちまった。世のため人のためっていう人までいなくなって、人の分まで食べるものや着るものを作る人もいない」

「店も市場もなくなり、サービス産業も消えたもんね」

「生きていかなくちゃならないから、自分が食べる分だけは自分で作ってるね」

「それでいいんじゃない。あのひどいストレスがなくなったんだから」

「食べたい、生きたいっていうのは何なんだろうね。人は死にたくないと思うみたいで病院だけは満杯だ」

「しかも、病院でさえ金銭欲がないから、診察料は食料品に限るだと」

「おかげで俺は、病院に払う分まで野菜を作らなけりゃあならないから、生活は大変なんだよ」

「じゃあ、ストレスが貯まるね」

「全然」

「なんで?」

「タサンタサン中毒なんだよ」

 

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王子様は流れついた岬の村で気ままに暮らしていました。白雪姫も自給自足をしながらいつまでも小人たちと仲良く暮らしたということです。