Short story「宇宙の本質究明に向けた庶民皮膚感覚的試論」06:白石阿光

しばらくの間、ばかばかしいお話でお付き合いのほど、お願い申し上げます。
熊五郎:こんちは。ご隠居いるかい。隠居:おや、誰かと思ったら熊さんじゃあないか。まあま、お上がり。
熊:ごちそうさまです。
隠:なんだい、そりゃあ
熊:ええ、まんまお上がり。
隠:おまんまじゃあないよ、相変わらずお前さんは食い意地がはってるね。第一ね、私は落語をやろうってんじゃないんだよ。

熊:またあ、そんなこと言って。第一、熊さんにご隠居と来れば落語に決まってるじゃないですか。道理に合わないこと、言わないでくださいよ。あ、そう言えば、道理に合わないって、この前、北の国がドーンと打ち上げましたね。

隠:ああ、あれは道理に合わないな。どうやったって世界から嫌われるのがわかってるのにやるんだからな。

熊:いえね。当人がロケットだ、人工衛星だって言っているのに、赤の他人がミサイルだ、大陸弾道弾だ、って言っているのはどういう訳なんです。

隠:いや、熊さんの前だが……

熊:後ろにまわりましょうか。

隠:いや、回っても一緒だ。実は、我が国以外では、ロケットだ、人工衛星だ、と言っている方が多いんだ。

熊:じゃあ、なんだってこの国はわざわざ物騒な言い方をするんです?

隠:為政者にはその方が都合がいいんじゃろう。ニュースも受けがいいし。

熊:失敗したら打ち落とせ! なんて威勢がいいから威勢者。

隠:ちょっと違うな。第一、失敗してよたよたしているのをパトリオットでは落とせない。

熊:おっとりしてるんだね、そのトリは。

ところでご隠居、そのロケットで考えたんですが、ロケットって宇宙に向かって飛ぶでしょ。ずう~っと飛んでいくってえと、そのあとどこへ行くんです?

隠:まあ、ロケットが行くわけではないが、ずうっと行ってもずうっと宇宙だな。

熊:どこへ行くんです?

隠:どこまで行っても宇宙だ。

熊:そこを越えてずうーっと行くとどこへ?

隠:宇宙だ。

熊:強情な隠居だね。まだまだずうーっと行くとどこまで行くんですか。

隠:やっぱり宇宙なんだよ。

熊:なんだか宇宙ってやつがわかんなくなってきたね。

ご隠居、宇宙って果てがないんですか。

隠:そうだ。宇宙は果てしないものなんだ。

熊:ご隠居は行ってみたんですか。

隠:行くわけないだろう。

熊:じゃあ、信用できねえな。本当は知らねえんだ。

隠:バカなことを言ってはいかん。私の沽券にかけても嘘は言わん。

熊:でも、道理に合わないじゃあないですか。行っても行ってもどこにも着かないなんて。

隠:う~ん、いや思い出した。着くんだ。

熊:どこに?

隠:地球の裏側に。

 

--そこが、宇宙の果てだったんだとさ。(チャンチャン。)

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そのとき突然、時空先生が--その名前は本人が後で自ら名乗ったのだが--講堂に現れた。学生にとって初めて見る顔だった。いや、それは顔なのだろうか。髪の毛が渦巻き、その奥にぎょろりとした目らしい光があった。

「私は、プロフェッサージクウです。次元からできています。皆様の前では4次元ですが、137億年前は11次元でした」

学生たちはきょとんとしていた。

「実は私は時空間なのです。私の今日の顔はブラックホール、おしりはホワイトホールを使いました。諸君には私の本性は物の動きを通じてしかわからないでしょうから、君たちに見えるように物をたくさんくっつけて来たのです」

学生たちは事態を理解しようと、それぞれに脳を高速回転させ、宇宙方程式の別解を探し始めた。

「君たちの知識で私を理解するのは無理です。あなたたちが意識を向ける限り、宇宙には無数の課題が存在し、無数の解があります。それは、解がないということと同じことでもあります。問題は、皆さんが自分の活動に意味を持ち続けられるか、ということです。私はそれを伝えようと、今日ここにやって来ました」

--「ハックション!!」

時空先生の話が終わりかけたとき、最前列の学生が大きなくしゃみをした。そのはずみか、時空先生の頭とおしりがプルンと震え、急速回転したかと思うと、おしりから愛飲酒隊員Ⅱ先生が転げ落ちた。

「あ、先生!!」

学生たちは、見なれた先生の顔に緊張がほぐれたのか、一斉に我に返ったような声を挙げた。時空先生の姿は消えていた。

 

(注1:昔々、あるところに愛飲酒隊員という偉い方がおられました。質量とエネルギーは同じもので変換可能だとか、光の速度に近いと時間が縮まるとか、質量は時空を曲げるとかいう、相対性理論を提唱した人であります。愛飲酒隊員Ⅱ先生はその子孫なのです。)

講堂では、授業が始まった。愛飲酒隊員Ⅱ先生は、学生たちを前にこう切り出した。

「あなたたちは、私たちがいるこの宇宙の大きさを知っていますか?」

「先生、この宇宙に境界があるんですか?」

「あると思えばある、ないと思えばない。そのうちわかるかもしれないし、永遠にわからないかもしれない」

「禅問答みたいですね。では、宇宙の大きさって何ですか」

 

そこで、先生は宇宙の起源を話し始めた。それは大雑把に言うと、次のような内容だった。先生の話は、科学雑誌『Newton』と同じくらいよくまとめられ、わかりやすかった。ただし、途中までは。

ーー私たちの宇宙は、約137億年前にできたと考えられています。最初はすべて無の世界でした。しかし、なにもなかったのではありません。そこでは、エネルギーの揺らぎがあり、小さな宇宙ができたり消えたりしていました。

あるとき、まったくの偶然から、いや必然といっても何の違いもないのですが、一つの宇宙に、インフレーションというとてつもなく超大規模な膨張が一瞬にして、いや一瞬の何兆分の一よりもっと短い時間、むしろ時間という観念ではとらえられないくらいの間に起き、続いてビッグバンという灼熱の宇宙ができました。

なぜそういうことが起きたか、いまのところ誰にもわかっていません。もしかしたら、重力波の観測で何か証明できるものがみつかるかもしれません。運がよければ、そこに私の名前が載るでしょう。あるいは、あなたの名前かもしれませんね。

 

(注2:実を言うと、先生の父親も祖父も愛飲酒隊員Ⅱという名前でした。子々孫々、偉大なる先祖様が予言した重力波を探し、他の研究者が重力波を観測してからは重力波観測によって宇宙創成の謎に取り組んできたのですが、歴史に残る業績がなかったため、ずっと同じ名前を継承してきたと言われています。)

 

--宇宙ができたときには宇宙はプラズマで満たされており、光が通じない、いわば闇でした。宇宙創成37万年後に宇宙が“晴れ上がり”、光(電磁波)で満たされました。いま、観測できるもっとも古い光はその時の光です。その前の宇宙のことは光の観測ではわからないので、宇宙創成の手がかりを知るために重力波を追いかけているというわけです。

「ところで、最初の質問の、宇宙の大きさはどうなったんですか?」

--そうそう。ビッグバン後も宇宙は膨張し続け、いまでもどんどん大きくなっているのじゃ。私たちが理論上観測できる範囲は、私たちから見て約465億光年先までということになっている。すなわち、それがとりあえず宇宙の大きさということかな。

先生は、そこで授業を終わろうとしたが、学生たちはそれを許さなかった。

「私たちが尊敬する偉大なる科学者、愛飲酒隊員先生は、光速よりも速いものはない、とおっしゃいました。宇宙ができてから137億年ということは、そのときにできたものはいくら速くても137億光年までしか広がらないのではないですか」

「いや、宇宙は一時期、光より速く膨張したんじゃ」

「光より速いものがあるんですか? 相対性理論は成り立たないんですか」

「いや、その、すなわち…。実は…、花は咲けどもヤマブキノ、う~ん…」

先生はちょっと戸惑った様子だった。しかし、すぐに威厳を取り戻し、冷静な解説を始めた。

--宇宙は空間であって物ではない。したがって、空間が光速よりも速く膨張しても、大偉人の理論と矛盾はしないのだ。

「空間が膨張しているとき、宇宙のはしにある発光物体からの光は光速で伝わるんですか」

「なかなかいい質問だ」

先生は、すでに冷静さを取り戻していた。

--空間が膨張しているということは、光が存在する空間そのものが広がっているので、遅くなるじゃろな。

「先生、大偉人は光の速さは一定であると言ったのではないですか。でないと、光速を基にした光年という単位も曖昧になってしまいます」

「いや、光にだって都合がある。いや、光の意思でなく、いやそうではなく...。ご先祖はなんて言ったんだ。う~む、言語道断横断歩道! 見たことないからわからんちん」

しばらく意味不明な言葉を連発したあと、先生は、我を取り戻したようにきっぱりと言い切った。

「実はこういうことなんだ」

--空間というものは絶体的存在であって、神様みたいなものなのじゃ。いわば宇宙の精神世界であって、そこがしっかりしていないと世の中を見ることができない。光は光子という粒子だから物質世界の存在であって、物質同士の関係性に関する理論がわが大偉人の理論なである。

「では、その辺のことは次の時間にお話ししましょう。くれぐれも欠席しないように」

先生は、学生が科学雑誌を読んでくれればここまで話をしなくてもすんだかもしれない、と思いながらそそくさと授業を終えた。

その授業はすべて遠隔で行われ、学生たちは脳内受信装置で受けていた。そこには、授業の補助教材として、先生の頭に浮かんだ出典も示されることになっていた。当然のことながら、授業の発展学習用としてその科学雑誌も配布された。しかし、どの程度の学生が納得したかどうかは、授業評価測定システム本部にしかわからなかった。

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八五郎:ご隠居、いるかい。

隠居:おお、八っつあんか。まあ...、お上がり。

八:ありゃ、今日はおまんまなしか。

隠:熊さんと同じだね。今日はどうしたい。

八:宇宙の形ってどんなふうになってんですかね。

隠:これも熊さんと同じだね。お前たちはどうなってんだ。

八:いえね。このごろ、熊が何かというと宇宙、宇宙って、うなされているんでね。あっしまで気になっちまって。どうなってんですか。

隠:さあ、どうなってんだろな。

八:海みたいに平らになってて、はしっこが滝みたいになってるとか。滝じゃあなくて壁があるとか。

隠:そうかもしれん。じゃが、前にも上にも星があるな。

八:じゃあ、風船みたいに丸くてそのなかに俺たちが閉じ込められているとか。

隠:閉じ込められているわけではないだろうが、もしかしたら丸いのかもしれない。

八:そしたら、宇宙の果てに行けますね。

隠:何も知らないんだね。お前はこの宇宙がどんどん広がっているってえことを知らないのか。

八:またまたあ、適当なこと言って。本当は知らないんでしょ。

隠:適当ではない。だいたい、宇宙てえのが、広いのか狭いのか、他にもあるのかないのか、広がり続けるのかそのうち縮まるのか、さっぱりわからないのだそうだ。

八:じゃあ、何も知らないのと同じことですね。勉強するの、や~めた。

八:勉強したこともないくせに。だいたい、おまえのは無知と言うんだ。私が言っているのは未知だということだ。

八:何だって? 俺がムチでご隠居がミチ? そりゃ、おかしいや。俺はハチだ。

(チャンチャン)

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愛飲酒隊員Ⅱ先生は、ついに宇宙創成期の重力波を測定し、分析に成功した。世界的に有名な科学論文誌に投稿し、大騒ぎになった。

一斉に世界各地で追試が開始されたが、いつまで経っても成功したというニュースは流れなかった。そしていつしか、愛飲酒隊員Ⅱ先生の名前は忘れ去られた。

その日、先生は自宅の地下に作った研究室に閉じこもったままだった。そしてその日も「無限宇宙はあります!」と記者会見の予行演習をしていた。だが、これまで一度も釈明の記者会見が実現したことはなく、その後もありそうにもなかった。

本に書いて世に訴えようかと、出版社からの誘いもないのに妄想に耽ったそのとき、研究室の壁ディスプレイが青く光った。先生は頭の中でOKを出した。これが赤だったら無視しただろう。赤は、人類の歴史上ずっと危険信号だったのだから。

「先生、喜んでください。私も見ました。無限宇宙です。ありました!」

かつて講堂で、大偉人の子孫である先生を問い詰めた教え子からであった。

「これから論文にします。記者会見に出る準備をして待っててくださいね」

先生の大偉業は、重力波望遠鏡で無数の宇宙を発見したことだった。それはまるで

何万本もの万華鏡を見ているような世界で、記録しようとするとそれぞれの宇宙は姿や色を変えた。大偉人の理論をしのぐ大発見であった。

無数の宇宙の一つとみられる我々の宇宙は、これまでの観測によって膨張していることがわかっている。今回の観測によって、その外側に無数に宇宙があり、それぞれが押し合いへし合いしながら存在していることがわかった。そして、それぞれは、大きくなったり小さくなったり、つながったりちぎれたりしながら無限に広がっているというのが、先生の新しい理論だった。

教え子の発表によってやっと世界連邦宇宙科学学会宇宙原理関連調査委員会が発足した。しかし、やはり同じ現象は確認されなかった。

先生が教え子と二人で「それでも無限宇宙はあります! 私は見ました!」と発声練習をしていたとき、無限宇宙が確認されたらしい、という噂を耳にした。慎重を期するためにまだ公表はしていないらしい。二人はそっと、調査に携わっている研究者の様子を見に行った。

「こんな、いつわかるかしれない追試がなんになるんだ。自分の業績にもならないし、時間の無駄だ。酒でも飲まずにいらりょうか、てんだ。バッカスを持って来い!」

研究者はぐでんぐでんに酔っぱらっていた。他の研究者も同様だった。

「おい、また出たぞ、無限宇宙が」

「ほっとけ、そんなもの。記録しようとしてもできないんだから。なんせ、手が震えるほど飲んだときしか出ないんだからな」

先生と教え子はきびすを返し、研究室の片隅に座りこんだ。そのまま時間が過ぎた。

いつの間にか、先生の足元には「バッカス」と書かれたラベルの芋焼酎の空ビンが転がっていた。あのときと同じだった。そして、年賀に教え子に贈ったのも「バッカス」だった。夢は終わった。

--だがしかし、万が一、いや137億光年数に一つでも、「バッカス」のなかで、小宇宙が誕生することはないのでしょうか--

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最近、ある新興宗教が流行っているそうだ。

その名は、ベロガミ様を崇め奉る「アカンベー光教」という。入信資格はただ一つ。無神論者であることだけだ。