現代時評《瀬戸際の文民統制》:片山通夫

日本国憲法第六十六条

内閣は、法律の定めるところにより、その首長たる内閣総理大臣及びその他の国務大臣でこれを組織する。内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない。

内閣は、行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負ふ。 

これは先の戦争で《軍人の暴走》から生じた戦争の悲劇を繰り返さないために生まれた条項であろうと考える。ところが2月22日の東京新聞朝刊に次のような記事が掲載された。一部を再掲する。

制服組自衛官が権限大幅移譲要求 防衛省、背広組は拒否

集団的自衛権行使を含み、今年3月施行される安全保障関連法を初めて全面的に反映させる自衛隊最高レベルの作戦計画策定に当たり、防衛省内で制服組自衛官を中心とする統合幕僚監部が、背広組防衛官僚が中心の内部部局(内局)に権限の大幅移譲を要求していることが21日、複数の防衛省・自衛隊関係者の証言で分かった。内局は拒否、調整が続いている。

考えてみれば我々国民は「大勢に流されやすくて、忘れるのも早い。それでいて大人しい」性格のようだ。まるで独裁者のために存在する国民のようだ。

国民の知らない間というか無関心がどんどん我が国を危うくしている。

憲法をないがしろにしている安倍政権の肝がここにある。

もう一度《軍部と極右政権の暴走》を見なければ目が覚めないのかもしれない。

しかしそれではもう遅いのだが・・・・。

ふと思い出す。落語に出てくる《手遅れ医者》の話を。

どんな患者が来てもまず「手遅れ」と言う医者がいた。もし本当に手遅れだったら、たとえ治療に失敗しても文句は言われないし、なまじ治ったら「手遅れを直した」と言うことで尊敬されると踏んでのことだ。そんな医者のところへ、ある日屋根から落ちたという男が仲間に担がれてやってきた。

先生、患者を見るなり「手遅れですな」。
「手遅れ!? 落ちたばっかりなんですよ!!」
「落ちる前に来れば助かりました…」

無関心は手遅れになる。