不条理ショートストーリー《幸福幹細胞”における背理的機能の検証》:白石 阿光

幸せは、不幸なときに感じる
不幸わせは、幸福なときに感じる
それはなぜ?
それは、
小さな幸福と小さな不幸は、双子の子どもだから。

現実に感謝すれば、小さな幸福が芽生え、
現実を嘆けば、小さな不幸が育つ
小さな不幸は、大きな幸福の中で気にかかり、
小さな幸福は、大きな不幸の中でよく見える

そして、大きくなる

それを“幸せ・不幸せの幹細胞”と呼ぶ。
「大きな幸福の中では、小さな幸福は見えない
大きな不幸の中では、小さな不幸は見えない」

だから
「大きな幸福の中では、小さな幸福を大切にしなければならない
大きな不幸の中では、小さな不幸を気にかけなければならない」
だが...、それは、いいことかどうか
誰も保証はしない。

わかっていることは
幸福も、不幸も
もとは同じ、一つの幹細胞だということ――。
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「若者が結婚もせず、結婚しても子どもを産まない。困ったもんだ」

「苦労して働いても年寄りを支えるだけ。自分たちは年金を貰えるかどうかわからない。今の生活も苦しいから、結婚や子育てなんか考えられないのさ」

「それじゃあ家庭ができないじゃあないか。しつけも常識も教えられない。道徳は地に落ちる」

「少子化は進むばかり。社会は衰退するばかりだ」

「そこを外国がつけこみ、国境の島を奪い取る。我が国の領海内で魚は採り放題、珊瑚は荒らし放題だ」

「軍事力で対抗しようとしても若者がいないしね」

「そうさ。だから若者には結婚して子どもを産んでもらわないと。社会の秩序を維持するのも国家防衛においても、家庭は社会の基本単位なんだよ」

「戦争で若者が死んでいっても補充できるようにしないといけない」

「産めよ増やせよ! お国のためだ」*******************************
「あなたのことを一番わかってくれるのは家族です。家庭を大事にしましょう」

「子どもは社会の宝ですから子どもは社会が育てます。安心して子どもを産んでください」

「家庭倫理を育て、社会秩序を守る会」は、全国の家庭、学校にチラシを撒いた。そこには新聞の政府広報にも似た文言が踊っていた。

政府は保育園、保育所をすべて国営にし、育児経験がある人をすべて保育士に任命した。地域には国営の「出産支援所(通称ハローベイビー)」が全国あまねく設立された。看護師よりもお産婆さんが優遇され、給料も高かった。

しかし、地域で赤ちゃんの泣き声を聞くことはなかった。

ハローベイビーの横に隣接して建てられた国民防衛隊出征所(通称サムライジパング)からは毎日のように屈強な若者がトラックで運ばれていく光景が見られた。

その中には女性も含まれていた。半数は女性が占めているはずだが、見た目には男女の別はわからなかった。産まれるベイビーは男女半々だが、男女防衛防災平等参画法により表面上、男女の区別はつかなくなっていたからである。

一方、高齢者向けの介護施設は倒産が相次ぎ、次々と消えていった。高齢者、障害者には自立が促され、福祉施設や病院から追い出された。彼らは、難民となり、暖かい南太平洋の島々を目指して粗末な船に乗り、海に出た。

南の島は母系社会で、弱い者を排除することはなかった。難民はボートピープルとなって、南の楽園を目指し、荒波にのまれて消えた。
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南の島の家庭は女が仕切っていた。子どもは多かったが、ある家の5人の子どもはそれぞれに父親が違っていた。女は「前の旦那は風呂敷一つで出て行った」と笑った。財産は女に属し、男はいつも無一文だ。男たちは海に出て魚や海鳥を採ることに精を出した。

南の島の慣習では、弱い者こそ守られた。もし、子どもから老人まで乗った船が遭難したとすれば、屈強な若者が先に死ぬだろう。それは食料が残っていればまずは子どもや老人に分けられ、魚が採れれば男よりも女に与えられることになるからだ。

ある時期から南の島の海岸に老人と障害者ばかりが乗った船が打ち上げられるようになった。それは南の島の住人にとって大きな事件だった。しかし、海での遭難は多くはなかったが、珍しいことではなかった。

老人と障害者を前に島の長老が言った。

「この国の人たちはよほど立派な人たちなのだろう。若者は食べるものをこの人たちにやって死んだのだろうから」

「せっかく私たちのところに来てくれたのだから大切に迎えましょう」

老人と障害者たちは、島のそれぞれの家庭に引き取られ、家族として暮らすようになった。

その後も船は次々に打ち上げられた。遭難が続くのは珍しいことだった。

「どこかでなにかあったんだ」
「何が起きたのだろう」

人々は不安がった。何か大きな不幸に見舞われる気がしてならなかった。

「心配するな。心配が不幸を招く。私たちの島のことではないことで不幸になることはないのだ」

しかし、その島にも異変はすでに起きていた。真珠のネックレスのように連なっていた珊瑚礁の島々のいくつかはすでに海上から姿を消していた。

「島が沈んでいく。椰子の木が波にさらわれ、島が小さくなっていく。何かが起きている」

「心配するな。私たちは土の上に立っている」

「根がむき出しになっている木もある。波が島を乗り越えてラグーンまで入り込むことも多くなった」

「人間が増えすぎたから島が沈んだんじゃないのか」

島の最高点は島と島の間にかかった太鼓橋の中央で、海抜2メートルしかなかった。

「島が沈んだら、椰子の木にハンモックのように家を作ってヤシガニのように生きていこう」

「椰子の木が流されたらどうするんだ」

「どうしよう」

人々にとって何もかにもが心配の種になってきていた。

「心配するな。本土に留学している島の若者たちが、島が沈んでも私たちが生きていける方法を研究している。もうすぐそれが完成するだろう」

 

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ある都市で「世界連邦温暖化地球対策会議」が開かれていた。

南の島の代表が叫んだ。

「地球は温暖になり、私たちの島はまもなく海の中に沈む!」

「私たちは、 かつての領海の範囲の領空権を要求する!」

大国の代表が反論した。

「空は南極や宇宙と同様、連邦の直轄統治エリアである。自治国、地域に権利はない」

南の島の代表は必死だった。

「それでは世界連邦を作った意味がない。我々の国がなくなってしまう」

大国の代表も引き下がらなかった。

「島国でも先進国からごみ援助を受けて陸地を拡大したところもあるではないか。努力が足りなかったのではないか」

南の島の代表は訴えた。

「我々は流れ着いた人々を受け入れた。先進国を終われた人々も幸せに暮らしている。しかし、先進国は連邦樹立後も彼らが帰ることを未だに拒否している。あなたたちは自分の都合で老人や障害者を追い出し、今度は我々も彼らと一緒に宇宙にでも流れていけというのか」

大国の代表は開き直ったかのような態度で言った。

「そうだ。島国には船はたくさんあるだろう。それぞれ流れ着いた所で幸せに暮らせばよい。幸いなことに、昔と違って今は難民自動認定システムによって、海に漕ぎ出した瞬間に認定ができ、どこで受け入れれば幸せに暮らすことができるか、瞬時にシミュレートできる」

南の島の代表は明らかにいらだってきた。

「我々は今いる島で幸せに暮らしたいのだ」

先進国の代表は、さとすように言った。

「温暖化する前と事情が違うのだ。先進国と言われていた地域ではマラリアに加えて新型熱帯病が流行り、産めよ増やせよでせっかく増やした若者世代も死んでいった。砂漠化で食糧生産が減り、近隣諸国同士で略奪戦争が起きて兵士も民間人も死んだ。大きな犠牲があって世界連邦ができたが、どこの自治国も余裕はないのだ」
かつての先進国では、武器庫にも空港、軍港にも兵器や軍艦、軍用機はたくさんあった。そのほとんどは無人操作で動くものばかりだった。しかし、戦いに使われることはなく、実際には山を崩して平地をかさ上げしたり、海の埋め立て工事に使われることが多かった。これを軍事の平和利用と呼んだが、設計時の想定をはるかに超える高温のため故障することも多かった。

世界連邦温暖化地球対策会議の議論はいつまでも続いた。それはどこまでも“コップの中の嵐”でしかなかった。

南の島の空高く、アドバルーンが上がった。豆粒のように小さく見えるが、それは拡大した成層圏のぎりぎりの高さにあったので、実際には珊瑚礁の大きさよりもはるかに広い面積の生活空間を確保していた。そこには真珠のネックレスと呼ばれた珊瑚礁の島々があり、ラグーンには魚が跳ね、鮫がそれをねらっていた。古ぼけたカヌーが並んでいる中に、ピカピカに光る双胴のカヌーも用意されていた。

アドバルーンには地上から高速エレベーターがつながっていた。よく見ると、アドバルーンから四方に何かが伸びている。それは釣竿のように見えた。いや、それは確かに釣竿に違いなかった。

そこから垂れて来るのははたして幸せであろうか、はたまた不幸せであろうか。

あるいは、何かを釣り上げるのか。

やがて、島は海中に没し、高速エレベーターも消えて、アドバルーンは小さな雲となった。