◆現代時評バックナンバー《天皇国家の危険はらむ憲法第1条》:井上脩身

今年は憲法が公布されて70年の節目の年である。安倍晋三首相は橋下徹・前大阪市長が事実上のリーダーであるおおさか維新の会と連携し、「改憲」を参院選の争点とすることを明らかにしており、憲法の行方を左右する年になりそうだ。

憲法が1946年11月3日に公布されて以来、論議の的は9条であった。それに劣らず、憲法の根本精神の「国民主権」が規定されている第1条を私は論議に上げたい。同条は天皇を中心とし、主権者である国民が後ろに引きさがった形の記述となっている。70年がたっても「国民主権」が十分に根付かなかった原因はこの第1条にある、といっても過言ではない。独裁政治に進みかねない危うい政治状況の今、第1条はこれでいいのかを国民がこぞって考えねばならない。

憲法第1条は、「天皇の地位、国民主権」の条項だ。「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」と規定している。

法律の第1条は、その法律の根本原理を表わすことが少なくない。「私権ハ公共ノ福祉に遵フ」(民法1条)、「この法律は、日本国内において罪を犯したすべての者に適用する」(刑法1条)、「労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすものでなければならない」(労働基準法1条)などの規定は、当該法律の目的を示しており、2条以下の解釈の基準にもなっている。

こうした観点から憲法第1条をみると、「象徴天皇制」がまず定められていて、「主権ある国民の意思」はその条件になっていることがわかる。文法的にいえば、「国民主権」あっての「象徴天皇」であるが、普通に読めば、「象徴天皇の国」であることを憲法はまず示した、と判断できるだろう。主権者である国民の影が何とも薄いのである。

憲法はGHQ案に基に、肉付けや修正が行われて帝国議会を通過、成立した。その制定過程で、GHQ案が「国民の、あるいは人民の主権的意思」と表現したのに対し、外務省は「人民の主権的意思」を訳した。幣原喜重郎首相(当時)の意思で「日本国民至高の総意」と変更したが、議会で疑義が出され「国民主権」に落ち着いた(古関彰一『平和憲法の深層』ちくま新書)、といういきさつがある。

「国民主権」は「平和主義」「基本的人権の保障」とともに憲法の三大原則を成している。だが憲法制定の経緯をみると、「国民主権」は、実ははじめから心もとない存在だったのだ。その理由の一つとして、現憲法を作成するに際して、条項の順序を明治憲法にならったことが挙げられる。

明治憲法(大日本帝国憲法)は第1章に「天皇」を置き、第1条は「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」と規定した。天皇主権国家であることを宣言したうえで、「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」(3条)、「天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此のノ憲法ノ規定ニ依リ之を行フ」(4条)と、「現人神」である天皇に全ての権能があることを示した。

現憲法が明治憲法を下敷きにしたため、第1章を「天皇」とし、第1条で真っ先に天皇を登場させたのである。

第1章を「主権」とし、第1条で「日本国の主権は国民に存する」とうたいあげてあれば、わが国が「国民主権の国」であることは誰の目にも明白になったであろう。前文で「主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する」と述べているが、第1条で改めて表明していれば、天皇主権国家に戻したい者ですら主権が国民にあることに異論を挟めない。国民にとっても、自らが主権者であることの自覚が格段に強まるはずである。

残念ながら、第1条の主役は天皇である。天皇誕生日や新年の年賀では、大勢の人たちが天皇や皇族の前で日の丸の小旗を振って「天皇陛下万歳」と叫ぶ。テレビでその模様を見ると、私は「天皇中心国家」に戻る危険性を覚える。右傾化が進む中、「国民主権の国」であることを否定し、「国家のための国民」であることを求める国家主義政治家が近年急速に頭をもたげてきた。安倍首相がその最たる一人であることはいうまでもない。首相は改憲して軍国主義独裁の道の入り口に立ちたいのである。

重ねて述べる。憲法第1条は「日本国の主権は国民に存する」であるべきだった。