「謹賀新年・・・とはいうものの」:片山通夫

穏やかにお正月を過ごされたことと存じます。今年もどうぞよろしく。

さて年の初めに考えたこと。

筆者はあまり「穏やか」には過ごせなかった。原因は明確である。昨年起こった一連の安倍自民党の手口というか、し放題を見て穏やかになんて過ごせるわけがない。おまけにというかとどめは大晦日も近い28日に慰安婦問題を「解決した」と豪語する安倍自民党。


その「解決」だが韓国では政府だけが納得しているようだ。当たり前のことだが、交渉した一方の当事者なのだから今更というわけだろう。しかし韓国国内の反発は大きい。政府寄りだといわれている最大手の朝鮮日報でさえ次のような表現で政府を追及している。

曰く《韓国次官が日本との合意内容を説明 慰安婦被害者は反発(12月29日)》《少女像を守ってください(1月2日)》《【コラム】慰安婦問題の蒸し返し拒む安倍首相、歴史の真実を覆い隠すな(1月2日)》《日本大使館前のろうそくデモ(1月4日)》・・・。

韓国国内の雰囲気はざっとこんな様子だと思われる。

特に2日のコラムは圧巻だ。 《1895年に発生した乙未事変(いわゆる閔妃暗殺)が日本人の仕業だということを知らない人はいない》という説明から始めている。《閔妃暗殺》という犯罪を《日本は関係ない》としらばっくれて覆い隠そうとした当時の日本の姿勢から今回の「慰安婦合意」を糾弾している。コラムは最後に、慰安婦被害を初めて証言した金学順(キム・ハクスン)さん(1924-97年)の言葉で締めくくっている。

《私たちが強要に負けてしたあのことを歴史に残すべきだ》と。
朝鮮日報コラム

時の政府は洋の東西を問わず「自己の政策や実績」を美化して歴史に残そうとする。そして時間がたてばその残された文書など、実際的な、具象化されたことだけが、歴史の証人として語られるという危険がある。

ここのところ《「不可逆的」に蒸し返させない》、また《慰安婦少女像の撤去を元慰安婦支援の財団に日本側が10億円を拠出する前提とする》というような報道に接する。まるで歴史を書き換えさせるかの如くである。

歴史は消し去ることができない。消し去ることができない以上、記録することが重要だ。蒸し返させることもあるはずだ。記録するにはマスコミの力も不可欠だが、我が国の昨今のマスコミはその使命を完全に忘れているように思える。政権に肉薄して記録する・・・。それを忘れた、いや避けているマスコミっていったい何なのだろうか。

こんなことを思いながらの正月。筆者にとって2016年という年は悪夢から始まったかのようである。でもそうも言っておれない。今年は参議院選の年だ。果敢に自民党を過半数割れに追いこまなくては…。