王仁博士について語ろう。その10

難波津に 咲くやこの花 冬ごもり 今を春べと 咲くやこの花

王仁博士の作とされている。

【通釈】難波津(なにわづ)に、咲いたよこの花が。冬の間は籠っていて、今はもう春になったというわけで、咲いたよこの花が。

【語釈】◇難波津(なにはづ) 難波の港。難波は大阪市及びその付近の古称。仁徳天皇の高津宮が置かれた。◇この花 「木の花」と解する説もある。古今集仮名序に添えられた古注は「梅の花を言ふなるべし」とする。但し桜の花とする説もある。◇冬ごもり 万葉集では「春」の枕詞にも用いられる。

【由来】『古今和歌集』仮名序に「おほささきのみかどを、そへたてまつれるうた」(仁徳天皇を諷した歌)として出ている。万葉巻十六の「安積山影さへ見ゆる山の井の浅き心を我が思はなくに」とともに「和歌の父母」とされ、初めて書を習う人の手本とされた。また仮名序の古注には「おほさざきのみかどの、難波津にてみこときこえける時、東宮をたがひにゆづりて、位につきたまはで、三とせになりにければ、王仁といふ人のいぶかり思て、よみてたてまつりけるうた也、この花は梅のはなをいふなるべし」とあり、王仁が仁徳天皇に献った歌とする。西暦12世紀中頃の『和歌童蒙抄』には「古万葉集に云、新羅人王仁が大鷦鷯天皇に奉れる歌なり」とあるが、現在伝わる万葉集にこの歌は見えない。(千人万首より

なお、大阪市の行政区である浪速区と此花区は、どちらも1925年(大正14年)4月1日に難波津の歌から区名を引用して誕生した。