◆現代時評《9・19憲法が死んだ日》;井上脩身

集団的自衛権行使のための安全保障関連法が19日未明、参院本会議で可決、成立した。大半の憲法学者が「憲法違反」と指摘したが、安倍晋三首相は一顧だにせず、採決を強行した。1946年に憲法が公布された5年後の51年に日米安保条約が調印されて以来、日本は憲法体系と安保体系の相克、矛盾のなかにおかれてきた。自民党政府はアメリカの軍事戦略に応じながらも、辛うじて憲法の枠組みを維持してきた。だが、安倍首相は安保体系を憲法体系の上位に置き、憲法を無視した。9・19は憲法が死んだ日である。

集団的自衛権は同盟国への攻撃に対し、共同して反撃、防衛に当たることだ。今回の安保関連法の成立で、アメリカが他国に起こす「防衛」名目の戦争に、自衛隊が参画することになる。それは「日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続きに従って共通の危険に対処するように行動することを宣言する」(日米安保条約第5条)との安保体系の基本を変更するものだ。安倍首相は、憲法を変えなかっただけでなく、安保条約改定手続きもとらず、専守防衛から他国防衛へと180度も舵を切り替えた。

自民党、公明党の国会議員の誰からも「国会が憲法違反を行っていいのか」との異論がでなかった。それは安倍独裁体制が与党の隅々にまで行きわたったことを示すものだが、国民は黙ってなかった。連日、国会周辺に大勢の人たちが集まり「戦争法案廃案」を訴えた。その大衆的抗議行動は、60年安保以来、といわれた。逆に言えば、60年安保後の歴史が、安保関連法成立後の自民党政策の方向を見抜く参考になる、ということだ。

60年6月23日、改定された安保条約が批准された後、岸信介首相は退陣。後を襲った池田勇人首相は「所得倍増政策」を掲げて高度経済成長路線をまい進。4年後の64年、国民はアジアで初めて開催された東京オリンピックにうかれた。

その翌年(65年)、ベトナム戦争が拡大し、グアム島から飛び立った米軍機がハノイ西北を爆撃。やがて沖縄の嘉手納基地から米軍の戦闘機が出撃したが、日本に返還される前でもあり、「ベトナム戦争反対」を訴えた多くの人々でさえ、沖縄が同戦争に事実上巻き込まれていることを知らなかった。

今後の自民党政策である。

まず、「アベノミクス道半ば」を前面に押し出して、経済政策を強く進め、国民にさも景気が上昇し、生活が良くなったかのような喧伝をする。5年後の東京オリンピックでは、北京五輪を上回る「アジア最大の夢舞台」を演出し、国民を酔わせる。

岸元首相の孫である安倍首相は、祖父と違って首相の座に居座る構えだ。すでに「これからは経済を重視する」と述べており、安保関連法に向かった国民の目を経済面に向き替えさせようとしている。来年の参院選では、国民は「集団的自衛権のことは忘れている」との読みからであろう。実際、60年安保後の同年11月に行われた衆院選で自民党は296議席を獲得、前回(58年)より9議席増やした。安倍首相は柳の下のドジョウを狙う構えのようだ。

問題は2020年東京オリンピック後だ。中東や西アジアでアメリカが戦争をしかけることがあれば、当然、集団的自衛権による参戦要請が米軍から自衛隊になされるだろう。政府は「わが国の存立が危機に瀕する事態」として、自衛隊機を出撃させるはずである。アスリートがオリンピックゴールドメダリストの夢にかけるように、安倍首相は、日の丸がついた戦闘機が他国の戦場で爆撃し、多くの犠牲者を出すことを夢みているに違いない。

来年の参院選で自民党が勝利すれば、安倍首相が描く筋書き通りの「戦争の国」になる。参院選で自民党と公明党の候補者を落選させ、安倍政権を敗北に追い込むことができるか。「憲法が生きる国」に踏みとどまれるかどうかの瀬戸際である。